指揮者でピアニストのダニエル・バレンボイム氏が来月、7年ぶりに来日する。初来日から来年で50年。音楽の力を異なる価値観を結ぶ糧に変え、臆さず挑戦を続ける。現在73歳。拠点のベルリンで、世界情勢や音楽への思いを聞いた。

 10月、ベルリン国立歌劇場でワーグナーの大作「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を率いた。ドイツ芸術の優位性を高らかに称賛し、ヒトラーを舞い上がらせたことで知られるが、今回は終幕、羊やヤギが草を食(は)むかのような牧歌的な風景が突然現れ、観客を驚かせた。40代の女性演出家のアイデア。国や制度に絡めとられる以前のこの地を、いま一度素朴な気持ちで見つめ直そうとする新鮮な視点に「共感を覚えた」とバレンボイム氏は語る。

 「第2次大戦後に、ナチスの脈絡から外して『マイスタージンガー』を演出したのはこれが初めてではないでしょうか。ナチスがこの作品を自分たちの存在証明にしようとしたのは確かです。ワーグナー自身も反ユダヤ的な人間でした。ただ、1883年に亡くなったワーグナーに、ナチスの野蛮性、残虐性の責任をかぶせるのは間違っている」

 「ワーグナーに限らず、大戦中、さまざまな政治的メッセージをまぶされてしまった不幸な芸術は、どの国にもある。そうした思惑から解放し、純粋に新しい耳で聴き直す動きを若い世代に導いてもらいたい」

 壁崩壊後の1992年、同歌劇場の音楽監督に。

 「素晴らしく価値のあるアンティーク家具を修理する、職人のような気持ちでした。伝統を礎に、モダンなスタイルをつくりあげてゆく。日本公演にはベートーベンやワーグナーを持っていきましたが、ドビュッシーなどフランス音楽を含む幅広いレパートリーも育ててきました」

 この地に居も構えた。

 「ドイツほど、自分たちの過去と真剣に向き合ってきた国はない。そうでなければ私は、ユダヤ人としてこの街に住むことなど考えなかった」という。

 「多くの国がいま、過去との向き合い方に関して問題を抱えていますね。イタリアもフランスもスペインも、そして日本も。多くの原因は、『愛国』と『国粋』を混同していること。自分たちがやっていることに誇りを持つということと、自分たちが他より優れていると思いこむことは大きく異なる。本物の自信と誇りは、他者との比較からは決して育ちません」

 「同じように、グローバリズムとユニバーサリズムとの間にも、本質的な違いがあります。ユニバーサリズムは互いの違いを認めるということ。グローバリズムはみんな一緒を求めるということ。どちらを私が支持するかはもう言うまでもないですよね。私はスパゲティもおすしも刺し身も天ぷらもインド料理もフランス料理も、すべて好きです。人生を豊かにするのはグローバリズムではなく、ユニバーサリズムなのです」

 「大切なのは、自虐からではなく、誇りを礎に再起すること。ドイツはあまりに過去が凄惨(せいさん)すぎるものだから、愛国的なにおいがするものを即座に『危険』と排除する傾向が今もある。楽器ひとつとっても、オーボエやトランペットで、ドイツらしさを感じさせるものが減りつつある。ナチスは『最も偉大なドイツ人だけが真の芸術を理解できる』と主張したが、これがファシズムの権化であるとすれば、ドイツらしい重厚さを排除し、機能的な響きばかりを歓迎するのも、これもまた逆の意味でファシズムとなりかねません。時代は流転する。そのつど過去を受け止め、克服してゆく。この継続なくして、先に進むことはできません」

 「大切なのは、国という集団としても個人としても、誰もが過去と向き合う必要があるということです。いま、世界でたくさんの紛争、対立が起こっています。それは、ある種の過去への憧憬(しょうけい)から生まれているものです。今のロシアはいつも過去を振り返っているし、アメリカも世界を統べる権威ある国として威容を誇っていた時代を懐かしんでいる。しかし、今はどちらもすでに、唯一無二の覇権国家などではない。繰り返しますが。過去を新しい状況のなかで受け入れ、克服しないことにはどの国にも未来はないのです」

 「ドイツでも、過去に対する取り組みをちゃんと感じられるようになったのはせいぜい80年代のことでした。こういうことには時間がかかります。例えば、私があなたに何か良くないことをしたとしましょう。私はあなたに謝らなければなりません。それは道徳的な行為であり、また、対立を終わらせるための戦略的な行為ともいえます。ごめんなさい、私が悪かったです、と。私は悪くない、と言い張れば言い張るほど、対立は根深いものになってしまう。人対人なら、手をとりあおうという姿勢を共有することができます。しかし、国対国となると、なぜそれができなくなるのか。そこを私はまだ理解できないのです」

 「今したことに対して謝ることより、100年前に犯した過ちを謝るということが、なぜこんなに難しいのか。思うに、現代の私たちに欠けているのは勇気です。そうした時に音楽は、政治的な理由での対立を人間同士のものに戻すことができます。紛争や対立から、一瞬離れることができるのです。ドイツとフランスの相克の歴史はご存じかと思いますが、ドビュッシーやボードレール、ベートーベンやバッハを通じ、彼らは人間として出会うことができるのです」

 思想家のエドワード・サイード(1935~2003)とともに、イスラエルとパレスチナの若者を集めたオーケストラ「ウェスト・イースタン・ディバン・オーケストラ」を創設して15年。思想や民族の対立を超え、心を通わせる幸福な感情を若い時期に体験することが、無為な争いの芽を摘む。そんな信念をゲーテの「西東詩集」にちなんだ名称に託した。卒業生の多くがベルリン・フィルやシュターツカペレ、バイエルン放送交響楽団などの名門へと翼を広げた。

 「ディバンは平和の象徴のようにしばしば語られますが、それは違う。正義や安全は、音楽にはもたらすことができないものです。ディバンの目的は政治的な合意ではなく、たとえばベートーベンの交響曲について、同じ考えを持つようなことを求めるわけです」

 「『敵』である人の隣で、同じ曲を1日練習したとしましょう。終わるころには『敵』という感情はなくなっています。政治には不可能なことが、音楽では可能になるのです。私はまず、相手の言葉をリスペクトすることを求めます。自分の考えと違い、納得できなかったとしても、相手の正当性を否定せず、まずは受け入れなさい、と」

 「サイードが生きていたら何て…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員に登録すると全ての記事が読み放題です。

初月無料につき月初のお申し込みがお得

980円で月300本まで読めるシンプルコースはこちら

こんなニュースも