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【2013年11月1日 朝刊オピニオン面】

 名古屋地裁は8月、認知症のお年寄りが列車にはねられた事故で、介護していた家族にJR東海への損害賠償を命じる判決を出した。見守りの責任は家族だけが負うべきなのだろうか。認知症の人が他者に損害を与えた場合の賠償はどう考えたらよいのか。福岡県大牟田市で「安心して徘徊(はいかい)できるまち」に向けた活動を続ける大谷るみ子さんに聞いた。

 ――名古屋地裁の判決をどう受け止めましたか。

 「驚きました。同時に、何とかしなくては、と考えました。とっさに思いついたのは、賠償金のためのカンパと署名を呼びかけることでした。ただ、冷静になって考えると、そうではない、こういうときだからこそ、私たちがやるべきことは、『徘徊がノーではなく、安心して徘徊できる、そんなまちをつくりましょう』という姿を大牟田からしっかり発信していくことではないか、と思うに至りました。認知症の方を閉じ込めるといった、これまでの支援のあり方と逆行するような状況にならないよう、社会全体の意識に働きかけていこうと考えています」

 ――大牟田市の「安心して徘徊できるまち」への取り組みは、今年度で12年目を迎えました。これまでの歩みは順調だったのですか。

 「順調なんてことは全くありません。7~8年くらい前に、2人の方が相次いで徘徊して、いなくなりました。残念ながら発見することが出来ず、いずれも山の中などで遺体で発見されました。模擬訓練を進めて2年くらい経っていたと思います。また3年前にも同様のケースがあり、そのたびに、私だけでなく関わっている人、皆が非常に無力感を感じました」

 「どうしたらいいのか、ずいぶん悩みました。『閉じ込めてでも、薬を使ってでも、命を守る方が大切』という声もありました。でも、それはご本人を抑えつけることになるので、受け入れられません。それらのケースを徹底的に検証し、実行力の高いセーフティーネットワークをつくることが大事だと判断しました」

 「最も重要なのは、地域全体が認知症の方に日頃から『どこに行きよんなさっと?』と声をかけ、見守れるようになることです。模擬訓練も、日常生活のなかで住民が認知症の方を気にかけてくれるようになることが、大きな狙いです。そうすることが、行方不明を限りなくゼロにしていくことにつながると思います」

 ――とはいえ、今回の判決によって、大牟田市でも介護している家族は不安になっているのでは。

 「認知症は誰にとっても、『やがては私も通る道』です。『徘徊=ノー』にしないことが大切だということは、はっきりしています。隣近所や地域、そして行政や介護の事業所も一緒になって、出来る限り認知症の方を見守り、家族のことも支えていく意識を、一層高めたいと思っています」

 「これまでの取り組みで、見守る目が着実に育っています。たとえば認知症のMさんという女性は、よくご近所を歩かれます。地域の人たちも『Mさんは昔からよくみんなの世話をしていたから、見回ってるつもりなんだろうねえ』と理解し、見守ってくれています。犬を散歩させるコースをわざわざMさんの徘徊=散歩道に合わせてくれた人もいます。地域の支えが育ってきたから家で暮らし続けられているという認知症の方たちは、他にもいます」

     ■     ■

 ――そういう大牟田市でも、認知症の人が他人のものを壊すなど損害を発生させてしまう事態は起こりえます。

 「その通りです。損害のリスクをゼロには出来ません。でも、もしそういう事態が起きてしまった場合、大牟田市では行政や専門職のチーム、介護事業者、ご家族、地域住民などを含めた関係者たちが一緒になって話し合う場をつくることができると思います。どう対処していくか、その『話し合う場』で、方法を見いだしていけると思います。そういう場をつくること自体が重要です」

 ――それで損害をどう賠償するか、といった問題を解決できますか。

 「介護している家族だけの責任にするのは違うと思います。とはいえ、ケアマネジャーや施設を含め、介護にかかわる人たちの間で、事前に『もし損害が生じた場合には、こういう割合で賠償金を負担する』と決めてしまったら、みんな介護から逃げ出してしまうでしょう。だから、そういうやり方も適切ではないと思います」

 「保険をつくるのはひとつの方法ですが、それを『単純な解決法』にしてはいけないのではないでしょうか。つまり、『保険があるから、保険に入っておけばいい』で終わりにするのは違う。模擬訓練も『訓練をやればいい』のではないのです。あくまでも『認知症になっても安心して徘徊できるまち』という目的があり、保険や模擬訓練はそこに向けた手段に過ぎません」

     ■     ■

 ――他の自治体の状況をみると、大牟田市は特別、とも思えます。

 「炭鉱の町だった大牟田市は全国平均よりも高齢化が早く、すでに65歳以上の割合は人口(約12・3万人)の3割を超えています。また、全世帯の半数には高齢者がいます。認知症を取り巻く問題に直面し、取り組まざるを得ない時期が、他の自治体より早かっただけです。これからはどこの自治体でも考えていかざるをえない状況になってくるでしょう」

 「認知症ケアの専門職が行政とともに地域に入り込んで、粘り強く見守りの大切さを伝えてきた効果は大きいと思います。それと、住民や子どもたちの力が大きい。絵本教室で認知症を学んだ小中学生は5千人を超えました。子どもたちが徘徊している方に声をかけて見つけてくれることも、増えているんです。うれしいですね」

 「ただ、ここまで来るのに10年以上かかりました。1年や2年でできることではありません。しかも、まちづくりにはゴールがありません。大牟田市にだって、まだまだ課題があります。すべての介護事業所の質が高くなり、全ての住民が認知症を理解する、というところに到達できるのは、いつになるかわからない。それでも取り組み続ける覚悟が必要です」

 ――人々のつながりが希薄な大都会でも、大牟田市のように、地域で見守るということはできるのでしょうか。

 「できると思いますよ。都会には都会の方法があるのではないでしょうか。『人の目』がたくさんあるのは、都会の財産です。コンビニエンスストアやスーパー、宅配業者、カフェ、多種多様な店がたくさんありますよね。シャッターが閉まっている店も多い田舎に比べたら、働きかけ次第では、見守りの目は、むしろたくさんあると思います。店先や店内にいる人を気にかけ、『おや?』と思ったら声をかけるというだけで、見守りになります」

 「都市全体ではなく、自治会くらいの小さな区域から、少しずつ進めていくことができるのではないでしょうか。東京や大阪でも模擬訓練や、地域づくりに取り組んでいるところも多くあります。地域に必ずある介護サービス事業者の存在がカギになると思います。まずは認知症ケアの現場である介護の事業所がつながって、行政などとしっかりと話し合いを持っていくだけで、いろんな知恵や工夫が出てくるはずです。『できない』と諦めないでほしいと思います。時間もかかるし、決して簡単ではありませんが、まちづくりやセーフティーネットは、都会で暮らす人たちにとっても必要ですよね」

 (聞き手 編集委員・友野賀世)

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 おおたにるみこ 大牟田市認知症ライフサポート研究会代表 57年生まれ。看護師。病院勤務、特別養護老人ホームの介護・看護部長などを経て、01年からグループホーム「ふぁみりえ」ホーム長。

 ◆キーワード

 <名古屋地裁の判決> 愛知県に住む認知症の男性(当時91)が、デイサービスから自宅に戻った後、1人で外に出て線路内に入り、列車にはねられて死亡した。JR東海は振り替え輸送の費用など損害賠償を求めて提訴。名古屋地裁は8月、家族が目を離さず見守ることを怠り、徘徊を防ぐための適切な措置を取らなかったなどとして、同居の妻(当時85)と「事実上の監督者」と認定した神奈川県在住の長男に、計約720万円の支払いを命じた。遺族側は控訴した。

 <大牟田市の取り組み> 2002年度から、認知症になっても住み慣れた家や地域で安心して暮らせるまちづくりを進めている。「模擬訓練」では、認知症の高齢者が行方不明になったという想定で、住民や警察が「徘徊役」の捜索や声かけの練習をする。毎年9月に小学校の校区単位で実施しており、今年は全市で2千人が参加した。小中学校で絵本を使って認知症を学ぶ授業が行われているほか、医療とケアの両面から本人と家族を支える認知症サポートチームなどの取り組みがある。

 活動の中心は介護事業者や医療機関、市で構成する「介護サービス事業者協議会」。今年、医療や福祉で顕著な実績を残した団体・個人に贈られる保健文化賞を受賞した。大谷さんが代表を務める「認知症ライフサポート研究会」は協議会内の専門委員会。

 ■「家族依存社会」から脱却を 東北大学大学院法学研究科教授・水野紀子さん

 故意・過失のある加害者によって損害を受けた被害者がいたら、その被害を救済するというのが民法の基本的な考え方です。ただ、未成年者など加害者本人に責任を認めても、資力がないケースがある。その場合、監督義務者の責任を認めて賠償させる方が被害者救済になるという見解が一般的でした。今回の判決も、あくまで本件の具体的な事情を前提とした個別的な判断ですが、基本的には、このような傾向に沿ったものといえるでしょう。

 しかし、損害賠償を認めることが、社会に望ましくない萎縮効果をもたらすことがあります。ある程度の危険があっても積極的に行われるべきことがあるからです。自動車や高度医療のようなリスクのある技術の利用もそうですし、精神病や認知症の患者が閉じ込められずにできるだけ通常の生活をすることも必要なことです。

 一方、被害者救済も必要です。特に人身被害は深刻です。

 民法の解釈としては、認知症患者が加害者になった場合、介護する家族や事業者の責任は、よほど悪質な場合以外は問うべきではないと思います。むしろ認知症患者本人が賠償責任を負うと考えるべきではないでしょうか。

 賠償を加害者個人に負担させることが良くない結果をもたらす場合、保険によって、大勢で広く賠償を負担するしくみを構築することが考えられます。例えば車社会の発展は、保険の制度化によって支えられました。

 国民全体で負担する社会保障という仕組みだってありえます。将来的にはそのような制度構築の可能性はあるでしょう。

 高齢化や単身化が進み、家族の力はどんどん落ちています。日本は「家族依存社会」から脱却し、家族の問題に社会が入っていく時代になっているのです。リスクをみんなで抱える、これが目指すべき方向です。

 ■賠償の新しい仕組み必要 介護と福祉のリスクコンサルタント・山田滋さん

 認知力の低下した高齢者が社会に増えるのですから、お年寄り自身が被害に遭う事故だけでなく、他者や社会に対して損害を与える事故も当然発生します。ですが、社会の意識や仕組みは、こうした変化に追いついていません。

 要介護高齢者の事故をめぐる裁判では予見可能性が強調されがちですが、実際に事故を防ぐことが可能だったのかという検証が必要です。例えば徘徊(はいかい)による行方不明は見守りで完璧に防げるのか。介護のリスクマネジメントに関わる立場からは「どんなにしっかり見守っても不可能」というのが常識です。入所・通所・短期入所の112施設で調べたところ、65施設で156件の行方不明がありました。事故につながったわけではありませんが、プロの介護職員が見守っていても防げないのです。

 だとしたら、直接介護にかかわっていない人々を巻き込んだリスク回避に、もっと力を入れるべきでしょう。地域に認知力の低下した高齢者がたくさん生活しているという前提で、鉄道会社なら線路や駅構内の安全対策にもっと積極的に取り組むべきです。

 賠償については新しい仕組みが必要だと思います。介護事業者の賠償責任保険は、車の強制保険と同じように社会の制度として機能させるとか、家族介護の場合も賠償責任を担保できる保険をつくる、というのはどうでしょうか。知的障がい者の他害事故を補償する仕組みはあるのですから、検討できると思います。

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