【動画】坂本龍一さんインタビュー=竹谷俊之撮影
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 映画「母と暮せば」の音楽で、がん闘病から本格復帰を果たした坂本龍一。病を経ての人生観の変化から、音楽と政治の関係までを語り尽くした。かつての盟友・忌野清志郎に思いをはせ、「清志郎が生きていてくれないのは悔しい」と話す場面もあった。

 ――「母と暮せば」の音楽が、病気からの復帰第1作となりました。

 復帰後第1作になったのは、あくまで結果的なもの。どの時点で治るかなんてこともわからなかったわけですから。本当に幸運なことに、そういう結果になったということです。

 40年以上ぶりに何も仕事をしない時間ができて、人生観も変わるところがあって。久々に音楽を書くということへの新鮮さもありましたね。

 ――人生観が変わったということですが、どのように変化しましたか。

 まあ、人生は短しじゃないですけど(笑)。色んなことにあちこち手を出すんじゃなく、自分にとって本質的なことを深くやらなきゃな、ということですね。僕は好奇心旺盛な方なんで、興味深いことってたくさんあるんですよ。あれも面白い、これも面白いで、放っておくと興味が散漫になりやすい。

 やっぱり人生の時間は限られているので、これからは仕事にしろ人生にしろ、一番大事なところにフォーカスしてやらなきゃいけない。病気になる前からわかっていたことなんですけど、より強く感じましたね。

 ――映画のサウンドトラックに収録された合唱曲「鎮魂歌より」は、映画全体の鍵になる作品です。

 進行の都合で撮影前にはつくらなければならず、この曲を一番最初につくりました。この場面の撮影が7月ごろで、作曲したのが5月ぐらい。「鎮魂歌より」が全体の基調にはなりましたね。

 山田洋次監督からは、(広島で被爆した詩人)原民喜の『鎮魂歌』の最後の部分を使うという指定をいただきました。前半は二宮(和也)くん演じる浩二が歌っているかのようなきれいなテノールの独唱で、そこから長崎市民が歌う合唱に移っていく。そういう具体的な指定もありました。

 ――原爆の惨状を描いた非常に重厚な詩ですが、言葉と向き合うなかで悩まれたことはありますか。

 原詩を読むと、重たくつらい部分がものすごく長く、延々と続いて。最後にちょこっと2、3行、明日への希望を歌っている。読んでいても気分が重くなります。これを素直に音楽にしたら、かなり重たい、暗い音楽になりますよね。

 暗く重たい音楽をつくるのは、僕は得意なんです。悲劇的でメランコリックな音楽は割とできちゃうんですけど、それをいかに重くなり過ぎずに、希望へうまく移行させるか。そこが一番難しかったですね。

 山田映画ですから、幅広い世代の方に楽しんでもらわなきゃいけない。そんなにヘビーなものにはしたくなかったですし、監督も望んでいなかったですから。軽過ぎていないか、重過ぎるんじゃないかという判断が難しく、一番悩みました。

 ――坂本さんは「NO NUKES」の運動で脱原発を掲げています。「核なき世界」という点で、今回の作品と響き合う部分はありましたか。

 山田監督と吉永小百合さんの依頼で、しかも長崎原爆の悲劇というすごいテーマですから、これは自分もやらざるを得ないという思いはありました。社会的に色々と言ってきたこともあり、気持ちを引き締めて向かいましたね。

 ――19、20日には、原宿のバンクギャラリーで作曲の様子を追った写真展が開催されます。実際のレコーディングはどのようなものでしたか。

 このスタジオ(渋谷のレッドブル・スタジオ東京)に1カ月ぐらい通っていました。毎朝10時を目指してくるんだけど、10時半ぐらいになっちゃって。来たらつい、コーヒーなんて飲みたくなって、ちょっとくつろいで。そのうちお昼になってお弁当が来ちゃって、食べて(笑)。で、そのまま夜まで。

 体力的に以前の半分とは言わないけど、かなり落ちてはいるんですよね。本当に一番仕事をしていた30代、40代の頃は、1日12時間は当たり前で、16時間、あるいは寝ないでも全然平気でいたんですけど。当然体力は段々、落ちてきてはいて。

 いま、本当に集中できる時間は、1日8時間ぐらいがいいとこかなあ。それを過ぎちゃうと集中力がなくなってきて、体力もたないですね。もうちょっと体力つけないと、とは思ってますけど。

 ――パリ同時多発テロの際、テイラー・スウィフトやファレル・ウィリアムスら、多くのミュージシャンが「Pray for Paris(パリに祈りを)」などとツイートしました。坂本さんは9・11米同時多発テロの後に出した対談集『反定義 新たな想像力へ』で、「ぼくが嫌いなのは、“祈り”です。祈れば平和がくるみたいなことをいう人がいるけど、そんなものは何にもならないです」と話していましたね。

 パリのテロの後、宗教指導者のダライ・ラマ法王が「いまは祈る時間ではなく、考える時間だ」という趣旨の発言をされていると知って、すごいなと思いました。宗教指導者なんだから、普通は「さあ祈りましょう」と言うのに、言わないんですよ。祈ってるだけじゃダメなんだ、考える時なんだって。ガツーンときましたね。

 ――以前からの坂本さんの主張とも重なります。

 僕も自分の公式フェイスブックで、あえて「Pray for Paris」ではなくて、「Pray for Paris and Other Places(パリとそのほかの場所へ祈りを)」と書きました。

 パリのテロの前日に、ベイルートで40人以上亡くなっています。アラブ、アフリカも含めた世界中で、たくさんの人たちが毎日のように犠牲になっている。なのに、パリだけみんなで祈りましょうっていうのは、命の価値って違うわけ?っていうことでしょ。そんなことはないはずです。

 パリの犠牲者がどうでもいいということではなくて、パリの犠牲者を悼むのなら、同じようにアフリカやベイルートやシリアの犠牲者も悼まなきゃ、おかしいじゃないですか。

 それこそが「祈る」だけじゃなくて、「考える」ことになるんだと思う。もっと言えば、そういう犠牲者が出ないためにどうしたらいいか、何ができるかっていうことも当然考えないといけない。そこが大切ですよね。

 ――安保法制に反対する国会前…

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