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 人は生まれた時から誰とも違う自分です。とはいえ慣習や組織の「決まり」から自由になることは簡単ではありません。「わたしらしく」生きたい、今が苦しくても――。そう思った時、そこに憲法があります。公布から70年となる2016年。ロックバンド「氣志團」の綾小路翔さんに話を聞きました。(聞き手・湊彬子)

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 ――学ラン、リーゼントにサングラス。氣志團のスタイルはどのように生まれたのですか。

 僕らが中学生から高校1年生ぐらいは、最後のヤンキー文化っていうのか、線香花火の最後みたいに燃え上がった時期なんですよね。1990年代のヤンキーファッションは衝撃的かつ刺激的で、すぐに先輩のまねをして変形学生服を着て登校したり、初めてパーマをかけたりしました。その後はバンドに没頭し、自分自身では、「村一番のロックンローラー」だと思って上京したわけですけど、東京にはそんな人ごろごろいて。どうしたら目立てるんだろう?俺が誰にも負けないことって何だろう?と必死で考えた結果、ヤンキーだったら俺が一番詳しいんじゃないかなと気付いたんです。知識的にも経験的にも。そして、これが何よりもはまったというか。ただ、こういう風体でやってますと、インパクトがある分、興味を持ってもらえることもある一方で、生理的に受け付けないという方も少なくないわけで。地元の方々にも「木更津に変なイメージがついた」と言われることもあり、弊害もあるのだなと感じました。最近、少しずつ理解してもらい始めたとは思うんですけど。

 ――2006年末のNHK紅白歌合戦での「DJ OZMA」のバックダンサーが身につけたボディースーツが「裸」に見えるパフォーマンスが批判を受けました。どう受け止めましたか。

 正直な話、テロ的なアクションを起こしたつもりはありませんでした。実際問題、何の犯罪も犯してないですし、僕なりの表現でした。ただ、ご家族でご覧になられていた方々やご年配の方々からすると不道徳なパフォーマンスだったようで…。ご気分を害された方には大変申し訳ありませんでした。当時は「これ大丈夫なの? でも、笑っちゃう」みたいな、ギリギリのラインを攻めるのが好きだったんです。制約の中でどれだけのことができるのかってことに命を懸けていた。今はTPOをわきまえられるようになったと思いますね。「とにかく明るい安村」さんのような安心感があります。でもステージにかける思いは変わりません。とにかく我々をみてくれた人全員をハッピーにする、それだけです。

 ――表現の自由について思うことは。

 いっぱいありますね。活動の中でNGが出ることも多々あります。何でも自粛って感じで。発言一つで干されてしまうことも往々にしてある。特に我々のような職業の人間への風当たりは強いですよね。これだけのインターネット社会だから、もう何かあればとことんたたかれますし。でも自分は言いたいことは言うし、やりたいことはやるつもりです。そこには必ずリスクと責任が伴うことを理解した上で。もちろん、愉快痛快なことをです。

 ただ、最近は何だか恐ろしいですよね。ニュースまでも大事なことを言わなくなっちゃったりとか。政治家の人たちは何でもキチンと国民に説明しなくちゃダメですね。俺なんかが政治のことに口出しするなんてガラじゃないって思ってましたが、もうそうも言ってられないのかなって気もしています。ただし、戦うなら戦うで勉強しなくちゃですね。ちゃんと知識で武装もしたい。素手では勝ち目なさそうですし、まずは礼儀としても。って風には思ってるんですけどね。

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 〈あやのこうじ しょう〉 千葉県木更津市出身の「永遠の16歳」。ロックバンド「氣志團」の團長。先月に新曲「我ら思う、故に我ら在り」、今月27日にアルバム「不良品」を発売。2月から全国ツアーがある。