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■イチオシ RIO2016

 あなたにとって五輪は、他のアスリートが思うほど特別な舞台ではないのでは――。先月、4大会連続の五輪代表に決まった伊調馨(31)=ALSOK=に尋ねた。「そうですね」。あっさりと返ってきた。

 「25点」「勝ちたいとか、負けたらどうしようとか思うことがない」。2015年9月の世界選手権(米ラスベガス)で、5試合とも無失点で優勝を飾った後、彼女はにこりともせずに言った。ALSOKの大橋正教監督は、言葉が独り歩きすることを心配する。「馨のことを知らない人には、『素直じゃない』『かわいげがない』と受け取られかねない」、と。

 世界選手権を制した翌朝、彼女が背の高い外国人女性と話しながら歩いているのを見つけた。「私のレスリング観を変えてくれた人です」。クリスティン・ノードヘーゲンさん(44)。世界選手権の重量級で6度優勝したカナダの元選手だ。

 五輪2連覇を果たした08年北京大会の後、姉の千春さん(34)が引退。「一緒に金メダルを」という目標を失った。1年ほど休養し、カナダへ留学した時に、子供を指導するノードヘーゲンさんに出会った。子供たちは楽しそうだった。「日本では、小さい頃から負けたら怒られるし、落ち込む」とノードヘーゲンさんに漏らした。すると、「好きでやっているなら、楽しまないともったいないじゃない」と返された。「ああそっかと、気づかされた」

 勝ち負けにこだわらなくなったのは、それからだ。帰国後、練習環境を変え、男子とやる機会ができた。技の豊富さ、技術の高さ、力の差を肌で痛感。それを埋めるのが目標になった。

 ロンドン五輪後から練習拠点にしている警視庁では、男子と同じメニューを与えられる。ランニングも筋力トレーニングも、最初の1年はついていけなかった。コーチ陣は「音(ね)を上げると思ったけど、1日も休まなかった」と振り返る。今では女子でただ1人、男子の練習についていく。

 「一つでも多くの技を覚えたい」「なんでもできる選手だねと言われたい」。練習前、世界選手権の男子の試合の映像を見て、「この技をやりたい」と明確に決める。「練習というより研究」と彼女が表現する方法で取り組んでいるのは、「女子ではほかにいない」と関係者は口をそろえる。

 ただ、体操などと違い、相手がある競技なので、練習してきた技をそのまま本番で出せるとは限らない。そこを追い求めるから「どの試合もゴールであり、はじまり」という境地に達した。優勝しても仏頂面なのはそんな理由からだ。

 「五輪3連覇」という肩書は、昨年末にALSOKを退社した吉田沙保里(33)と同じだ。そのわりに、吉田と比べて極端にテレビやイベントへの出演が少ない。「好きじゃないし、レスリング以外の活動に時間をとられてリズムを崩したくない」という理由でほぼ断っているという。

 「沙保里さんがいなければ、レスリングはここまで注目してもらえなかった。負担がいってしまい、本当に申し訳ないと思っている」。金メダリストとしての使命や責任は感じている。「自分は現場が合っている」と、地方に出向いて子供たちを教える。彼女なりのやり方で競技の普及にも取り組む。

 「リオが終わったら、自分が覚えたレスリングを、どんなレベルの選手にも伝わるように、感覚ではなく言葉で教えられるように勉強したい。一線を退いたあとの人生の方が長いですから。でも、レスリングから離れることは考えられないですね。生きがいなので」

 五輪4連覇は日本の選手はもちろん、女性選手では全競技を通じて世界で誰も成し遂げていない。彼女は特別視していなくても、周囲の期待は高まる。「そこが他の試合との違い。日本代表として出るからには、勝たないといけないというのがある」。五輪後のことを語った時ほど雄弁ではないのが、伊調馨らしいなと思った。

■イチオシの理由…金島淑華(33)

 吉田は人当たりが良くて、取材で「結婚したいけど、相手がいない」とぶっちゃけてしまう人だ。それに対し、伊調がレスリングの試合や技術以外のことを語ることはめったにない。関係者から聞く「酒を飲みながら熱く語る」「喜怒哀楽が激しい」といった評が取材を通してだと、ピンとこなかった。

 吉田が陽で、伊調が陰。そんな勝手なイメージを覆したのが、ノードヘーゲンさんと会話する伊調の姿だ。大きな身ぶり手ぶりで、声を上げて笑っていた。これほど表情豊かな彼女を見たのは初めてで、レスリング観が変わった経緯を話してくれている間も終始笑顔だった。「もっと知りたい」と思っている。(金島淑華)