[PR]

■水木しげるさんの編集者・松田哲夫さんの弔辞

 水木さん!

 水木さんが亡くなったという知らせを聞いた時、ぼくは思わず、「うそだ!」と口走りそうになりました。水木さんだけは、いつまでも生きている、そう思っていたからです。

 一昨年、僕の書いた本の出版を記念する会の発起人を引き受けていただきました。あのときは、壇上にあがっていきなり「パピプペポ」と言い、独自の健康法を披露して、みんなの笑いを誘ったかと思うと、パクパクと料理をおいしそうに平らげていらっしゃいましたね。

 としを重ねるごとに元気になっていくように見える水木さんだから、死とは無縁なんだと思っていたのです。

 水木さんに初めてお目にかかったのは、四十七年も前のことです。漫画雑誌「ガロ」の使い走りで原稿を受け取りに伺いましたが、その奇人ぶりを鮮明に覚えています。その時、水木さんは、初対面のぼくにむかって、いきなり、ググッと身を乗り出し、真顔で「頭がからっぽになりますよ」「えらいですよ。もう殺されますよ」と言うではありませんか。ビックリしていると、楽天的とも絶望的ともとれる大きな笑い声を残して、トイレに姿を消してしまいました。「墓場の鬼太郎」の「少年マガジン」連載が始まり、多忙をきわめていた時でした。

 ぼくが筑摩書房に入り、編集者としての歩みを始めると、水木さんとの交流も密になっていきました。身近に水木さんの仕事ぶりを拝見していると、ただの奇人ではありませんでした。水木さんは、文明社会を痛烈に批判し、南の島の人たちのノンビリした暮らしに憧れ、妖怪たちと共に生きることを、純粋に夢見ていました。その一方では、作品を発表し続けるプロダクション運営も、しっかりこなしているのです。きわめて実務的なところと、この世離れした夢想とが混然一体となっているのが、いかにも水木流でした。

 そもそも水木さんは、オタクであると同時にガキ大将だったそうですね。幼少のみぎりから、内面と外界を見つめる目を兼ね備えていたのですね。

 代表作の「ゲゲゲの鬼太郎」「河童(かっぱ)の三平」「悪魔くん」を読めばわかるように、水木さんの視野に入っていた世界は、僕たち凡人には想像もつかないほど広大なものでした。そこには、人間社会や大自然はもちろん、妖怪などがすむ異界、さらには死後の世界まで含みこんでいたと思われます。

 そういう水木さんにとって、「死ぬ」ということは、広大な水木ワールドの中で、ちょっと引っ越しをした、そんな軽い気持ちだったのかも知れませんね。

 水木さんの訃報(ふほう)に接して、ぼくたちは、水木さんから、果てしなく大きなものを受け取ってきたことを改めて認識いたしました。素晴らしい作品をありがとうございます。

 水木さんは家族を大事にする人でしたね。これからは、その家族の方々が、水木ワールドを守り育てていってくださるでしょう。

 ご冥福をお祈り申し上げます。