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 原発事故後の東京電力にとって、それは「異色」の記者発表だった。

 2015年8月18日、東京・内幸町にある本店の会見室。大きなスクリーンを背に現れた社長の広瀬直己(62)は、ピンマイクを胸につけ、身ぶり手ぶりを交えて経営戦略を語り始めた。有名なIT企業などではやりのスタイルだ。

 東電は、今年4月の電力の小売り全面自由化に合わせ、燃料・火力発電、送配電、小売りの三つの事業会社を置く持ち株会社制に移行する。機能別に分けて他社と提携を結び、競争を勝ち抜くねらいだ。掲げたスローガンは「挑戦するエナジー。」。そのお披露目の場だった。

 広瀬は「福島の責任を全うします」と前置きした上で、こう説明した。

 「挑戦者のスピリッツを呼び起こそう、厳しい状況を乗り越えていこう。そうした思いを込め、新しいスタートを切ります」

 効果音も使いながら、華々しささえ感じさせる演出。だが、福島県の地元紙、福島民友新聞の記者の質問で雰囲気が変わる。

 「時に手を広げて歩き回りながらのプレゼン(テーション)を、社長、福島県でできますか」