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 私たちの身近にあった米軍基地が、核戦略の最前線とつながっていた――。朝日新聞の取材により、発生から57年後に判明した米軍板付(いたづけ)基地所属機の核兵器関連事故。核軍縮運動などに取り組んできた人たちは驚きを持って受け止め、さらなる究明の必要性を訴えた。

 「驚きだ。当時、明らかになっていたら国内で反核、反米の世論がわき起こっていただろう」。1950年代後半から板付の基地撤去運動に携わっていた堤康弘さん(93)=福岡市中央区=はこう受け止めた。

 50年代は米ソが競って核実験をした時代。「反核運動が全国的に高まり、国民一人ひとりの核を憎む気持ちは、今と比べものにならないほど強かった」と振り返る。「日本でも核兵器事故が起きる可能性が国民の頭をよぎったはずだ」

 被爆者で、核廃絶運動に取り組…

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