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 障害者が五輪で健常者に勝ったら、金メダリストになれる? なれない? そんな議論を呼ぶ実力者がいる。マルクス・レーム(ドイツ)。障害者陸上男子走り幅跳び(切断など)の世界記録保持者だ。ひざ下が義足の右足で踏み切る。称賛の一方、「技術ドーピング」という声もあり、五輪出場には障壁が立ちはだかる。

 8メートル40。

 昨年10月、ドーハであった障害者陸上の世界選手権で、レームは自身の記録を11センチ更新した。2008年北京の8メートル34、12年ロンドンの8メートル31という、最近の五輪2大会の優勝記録を上回る。健常者の世界記録8メートル95には及ばないが、日本記録8メートル25を優に超える。

 ただ、今夏のリオデジャネイロ五輪出場への壁は高い。国際陸連が昨年、義足が有利に働いていないことを選手自身で証明するのを参加条件としたからだ。ロンドンでは、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)が義足のランナーとして初めて五輪に出たが、当時、選手自身による証明義務はなかった。

 「五輪に出たい」。昨年12月10日、所属するドイツ西部のクラブでの練習後、27歳の青年は言い切った。国際陸連に「何が証明になるのか基準を教えて」と手紙を書いたという。「『足がないのに頑張っている』と言っていたのに、私が健常者より跳ぶと『おかしい』と言い始めた。努力の成果なのに……」。手のひらを返すような世間の態度に首をかしげた。1月11日時点で、国際陸連からの最終回答は来ていない。

 5歳で始めた陸上で何度も表彰された。悲劇が襲ったのは03年夏。モーターボートに引かれて水上を滑るウェークボード中、スクリューに右足が巻き込まれた。水が赤く染まる。3日後に足を切断した。病院で15歳の誕生日を迎え、親と離れて暮らすリハビリ中に願った。「前と同じ自分になりたい」と。

 事故から5年後に初めてスポーツ用の義足で走ったとき、「顔に風が当たり、心地よかった」。走り幅跳びにのめり込み、11年に7メートル09、13年に7メートル95と記録を伸ばした。

 そして、14年7月にドイツ選手権で8メートル24を跳ぶ。健常者の国内トップ選手を抑えての優勝は“事件”となった。ドイツ陸連は「レームと他選手の跳躍のメカニズムは違う」とし、欧州選手権代表から外した。

 南ドイツ新聞によると、ドイツ陸連は、8メートル24のレームと8メートル台の健常選手32人の、踏み切る前と後の速度の変化を比べた。踏み切り前、レームは秒速9・72メートルで走り、32人の平均10・43メートルより遅い。ところが踏み切った直後、レームの垂直方向の速度は秒速3・65メートル。32人の3・36メートルを上回る。また、踏み切り直後、レームの水平速度は0・92メートルしか減速していないのに対して、32人は1・50メートル減速していた。

 賛否が渦巻く。スポーツの動作解析が専門のケルン体育大のウォルフガング・ポットハースト教授は、国際陸連が昨年に示した、有利かどうかを選手自身に証明させる条件を「慌てて設けた印象だ。証明に必要な額は30万ユーロ(約3800万円)。あきらめさせようとしている」と批判。「助走が遅くて距離が出る健常者もいた。仮にジャンプの瞬間は義足有利でも、助走では不利。総合的に義足有利とは言えない」。一方、障害者スポーツ界側からは「義足は有利。参加するのはいいが、メダル争いはできない。メダルを得られるのなら、足を切って義足にする者が出てくるかも」との声が上がる。

 義肢装具士でもあるレームは、義足の力で記録が伸びたのではないと強調する。「13年以降、義足の素材や形は変えていない。私が8メートル40を出したとき、2位の選手は7メートル26だった。背の低さを克服して勝つ人がいる。その延長に私もいる。私の記録は義足の力だけではない」

 一方で、こんな提案も。

 「評価が別でも、金メダルをもらえなくてもいい。五輪で一緒に跳びたい。障害者スポーツも面白く、我々も努力していることを知ってもらいたい」(後藤太輔)