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 1月17日は食べ物を口にしない――。そんな「儀式」を、兵庫県西宮市教育委員会の学校改革課長、杉田二郎さん(50)は震災翌年から20年間続けている。支援物資で空腹をしのいだ日々を思い出し、教え子の死を忘れないために。

 当時、西宮市立香櫨園(こうろえん)小学校の教諭だった。あの日、学校に向かうと、倒壊した建物が次第に増えていく。「先生、あの子が亡くなった」「あの子はお母さんが」。悲痛な叫びが聞こえてきた。学校は避難した住民であふれていた。

 20日朝、担任だった3年1組の三浦舞さん(当時9)の遺体と安置所で対面した。母と中2の兄、小2の妹と並び、毛布にくるまれていた。砂まみれの顔を見て、号泣した。

 正月にもらった年賀状には「3学きもべんきょうをがんばるぞ~」と大きな字で書いていた。最後に会った1週間前、この子はどんなことをしていただろう。思い出せず、ちゃんと見てあげられていなかったのでは、と後悔が募った。

 そんな気持ちを同僚に打ち明けた。「覚えておいてあげることが大切なんとちがう?」。そう諭され、救われた気がした。「ずっとこの子の担任でいよう」

 1年後の午前5時46分、一家が暮らしていたマンション跡地で手を合わせた。この死を心に刻むため何ができるのか。思いついたのが、この日1日何も口にしないことだった。