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 歴ドル小日向えりさんが、真田一族の魅力をたっぷり解説するインタビューの第2弾。今回は池波正太郎さんの小説『真田太平記』や、ご自身の著書『いざ、真田の聖地へ』についてうかがいました。

 ――NHK大河ドラマの効果もあり、池波正太郎さんの小説『真田太平記』にも改めて注目が集まっています。太平記の魅力は。

 「真田を知るには何を読んだらいい?」と友人に相談したところ、太平記を薦められました。歴史小説のなかでは、かなり読みやすいですよね。12巻ありますが、テンポよくスイスイ読めて、長さを感じません。

 昌幸が秘密の部屋で鉛玉を転がして、草の者(忍者)と連絡を取り合ったりする。フィクションではあるんですけど、そういうシーンがカッコイイんですよね。草の者といえば、お江さんという女忍者が登場するのですが、幸村とお江の恋愛模様も面白くて。

 お江さんは強い女性で、年下の幸村をずっと支え続けていく。そんなお江さんが、最後の最後、幸村が出陣する時に、号泣しちゃうんです。創作なのですが、その場面にすごくグッときましたね。思い出すだけで泣きそうになります。

 ――週刊朝日の増刊号で漫画版『真田太平記』の連載が始まりました(朝日新聞デジタルでも公開中)。どんなところに期待しますか。

 やはり原作に忠実に描いてほしいですね。あとは、お江さんがどんな感じになるのか気になります。美女だとうれしいな。原作では加藤清正がカッコ良かった印象があるので、清正も魅力的に描かれていたらいいですね。

 (漫画を読みながら)名前は真田「信繁」ではなく「幸村」でいくんですね。大河ドラマでは信繁ですけど、私は幸村の名に親しみを感じています。大坂の陣の出陣に際して、幸村に改名したという説もあるんですよ。

 ――「幸村」の名は後世の創作ではないのですか。

 よくそう言われますが、生前に幸村に改名したという証言もあるんです。確かな証拠はありませんが、私は大坂城入城の時に変えたのではないかと考えています。戦国時代には、大事な節目で名前を変えることがよくありましたから。

 東軍に加わったお兄さんの信幸は、お父さんの昌幸寄りと思われることを避けるために「幸」の字を「之」に変えた。幸村は、兄が決別した「幸」の字をあえて採用したのではないでしょうか。そう思いたい、という気持ちもありますが…。

 ――真田一族ゆかりの地を訪ね歩いた記録『いざ、真田の聖地へ』(主婦と生活社)を出されました。

 6年ほど前からプライベートで真田の「聖地巡礼」をしていて、ブログに文章を書いたり、史跡の写真を撮ったりしていました。今でこそ、信州上田観光大使を務めさせていただいてますが、当時はただの「真田の追っかけ」(笑)。1時間に1本のバスを乗り継いで、フラフラになりながら聖地をめぐっていました。こうした取材の成果を、1冊の本にまとめました。

 ――特に印象に残った「聖地」はどこですか。

 長野・上田にある真田氏本城跡です。上田城が築城される前の本拠地だったとされる山城で、真田の郷を一望することができます。きっと昌幸公は、ここに座って地形を眺めながら戦略を考えていたんだろうな、と思い巡らせる。戦国の風を感じることができて、すごく好きな場所です。私にとってのパワースポットですね。