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 阪神・淡路大震災で娘を亡くした大分県豊後大野市の後藤美保子さん(65)の手元には、24冊のノートがある。娘の友人らがメッセージを書き残してきた。17日で震災から21年。「娘と震災が忘れられないよう、孫たちへノートを残したい」と考えている。

 1995年1月17日、次女・由利香さん(当時19)は、神戸市東灘区の木造アパート1階の部屋で崩れた建物の下敷きになり、亡くなった。交際相手ができ、会社の寮を出て1カ月足らずだった。

 地震の後、神戸へ向かうフェリーの船中で、由利香さんが亡くなったという知らせを聞いた。小学校の体育館で由利香さんと再会した。顔の汚れは交際相手が拭き取っていた。美保子さんが口紅を塗り、自宅に連れ帰った。

 「天国へ行ってからも明るい笑顔のゆりちゃんでいて」「大好きなゆりはずっと私たちの心の中にいるよ」

 中学ではバドミントン選手、高校ではバスケ部マネジャーだった由利香さん。中高時代の友人、先生、神戸の職場の同僚らが何度も訪ねて来た。仏壇の前にノートを置いたところ、あっという間にメッセージで埋まった。美保子さんも時々、つづった。震災後1年で4冊目に入った。

 「由利香のそばに行きたい」と…

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