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 阪神・淡路大震災で親を亡くした子どもたちの支援施設「神戸レインボーハウス」(神戸市東灘区)で16日、「追悼と交流のつどい」が開かれ、遺児ら約70人が参加した。

 昨年までは、遺児らが亡くなった家族の遺影を前に手紙を読む追悼式を開いてきたが、「遺児たちも20歳を超え、震災を振り返りつつもこれからどう生きるかを考える場にしたい」(伊藤道男課長)と、今年から黙禱(もくとう)や献花にとどめ、東日本大震災の遺児らとの交流を中心とした。

 仙台市の大学3年、大友麻衣さん(21)は、東日本大震災で父・喜一さん(当時56)を亡くした。避難所まで一緒に逃げたが、弟を捜しに自宅に戻り、津波にさらわれたという。「去年成人式を迎え、父に振り袖姿を見せてあげたかった」と語り、21年となる阪神大震災について「私と同い年。震災で生まれてこられなかった同い年の子どもたちの命もあったと思う」と思いをめぐらせた。

 長宅(ながけ)智行さん(28)は阪神大震災で東灘区の自宅が全壊。車中などで避難生活を送った。父・喜雄さん(当時51)は家の再建や仕事に追われ、震災の3カ月後に心筋梗塞(こうそく)で亡くなった。東日本大震災の発生後、岩手県陸前高田市の遺児たちと交流を続ける。「父と死別し、荒れていた当時の自分と重なる。子どもに寄り添うことが自分の使命と感じる」と語った。(石塚大樹、島脇健史)