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 「恋人」はオオタカ、夢は鷹匠(たかじょう)――。鷹を放ち獲物を捕らえる「放鷹術(ほうようじゅつ)」に15歳の少女が挑んでいる。山梨県富士河口湖町の中学3年生、篠田朔弥(さくや)さん。受験勉強に励みながら毎日の練習も欠かさない。めざすのは伝統の技の極意、「人鷹(じんよう)一体の境地」だ。

 正月2日。徳川将軍家ゆかりの鷹狩(たかが)り場だった浜離宮恩賜(おんし)庭園(東京都中央区)で、新春恒例の放鷹術の実演があった。

 大役を担う鷹匠たちに交じり、見習いの鷹匠補の篠田さんもいた。白梅柄の着物に黒の羽織、ハンチング帽と地下足袋姿。数十メートル先の鷹匠に向け、左腕の先に載せた2歳の雄のオオタカ「颯雅(そうが)」を放つと、大勢の観客から歓声があがった。「緊張して、気持ちが拳を通して伝わっちゃった。まだまだです」

 8歳の時、静岡県掛川市の鳥園であったバードショーに家族で出かけ、鷹を操る鷹匠に目を奪われた。拳に載せてもらうと、「爪でギュッとつかまれ、とっても力強かった」。憧れは募るばかり。13歳の誕生日、「プレゼントはいらない。鷹匠になりたい」と両親に頼み込んだ。

 御岳山(東京都青梅市)のふもと、代表的な流派の諏訪流第17代宗家、田籠(たごもり)善次郎さん(68)が暮らす庵(いおり)で行われる講習会に、母に連れていってもらった。鷹は繊細で神経質。数年かけて調教し、ようやく信頼関係が築ける。並大抵の努力では「人鷹一体の境地」は会得できない――。田籠さんの話にますますひかれて入門した。月に数度、会社員や学生ら約15人に交じって修業に励んでいる。

 相棒・颯雅との出会いは2年前の秋。英国から約50万円で買い求め、庭の小屋で飼い始めた。毎日午前4時ごろ起床し、眠い目をこすりながら颯雅を左手に載せ、近所の林に向かう。飛び立たせて、また左手に戻らせる練習の繰り返し。くちばしや爪で指を深く切られ、血だらけになった。

 埼玉県で鷹狩りをしていて颯雅が山中に消えた日は一晩中泣き明かした。しかし、田籠さんは「鷹は教えられたことを必ず覚えている。あなたが信じないで、誰が信じるんだ」。翌朝、見失った場所に行くと、颯雅がパサッと左手に舞い戻り、うれし涙があふれた。練習の成果が出たのは昨季。初めて野生のキジを捕らえさせた。田籠さんは言う。「大人でも何年もかかることが、感性の鋭さですぐにできてしまう。諏訪流を継ぐ逸材だ」

 今は高校受験を控え、机に向か…

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