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 首位打者7回の張本勲さん(75)をして「左打者の理想は榎本さん」と言わしめる。「教科書になるフォーム。ほとんど動かない。体も開かない」。1960年代のパ・リーグで首位打者争いをした4歳上の「安打製造機」を懐かしむ。

 王貞治さん(75)が打撃を磨いた「荒川道場」の兄弟子だ。早稲田実高の先輩でもある荒川博さん(85)は「王の2倍練習した。選球眼が素晴らしかった」。一緒に通った合気道の教えも打撃に採り入れた。

 長男の喜栄(よしひで)さん(50)は「指導者として球界に恩返ししていないのが心苦しいようでした」。引退後も毎日走っていたが、球界復帰はかなわなかった。「それでも選んでいただけた。父が一番喜んでいると思う」

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 〈えのもと・きはち〉 1936年、東京都出身。早稲田実高から55年に毎日オリオンズ(現ロッテ)入団。1年目に打率2割9分8厘で新人王。60、66年に首位打者を獲得するなど、オリオンズの「ミサイル打線」の主軸として活躍した。68年、プロ野球史上最年少の31歳7カ月で通算2千安打を達成。2012年、75歳で死去。

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