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 1970年代から80年代にかけてラグビーの日本代表監督を務め、昨年10月に89歳で亡くなった斎藤尞さんのお別れ会が22日、東京都内であった。日本代表のFWとして活躍し、引退後は、出身の明大でラグビー部の名物監督だった故北島忠治さんをヘッドコーチとして支えた。教え子の明大OBらが別れを惜しんだ。

 大学の後輩で代表あいさつした森重隆・九州ラグビー協会長は、日本代表の80年の欧州遠征を、昨秋の代表のW杯での快挙に重ね語った。「例えるなら、斎藤さんがエディ・ジョーンズ、私が主将でリーチマイケルだったが、結果は全く違う全敗だった」と笑わせ、「それでも、最後のフランス戦は惜敗で、私の代表歴で一番いい試合をさせてもらった」

 74年にはニュージーランド遠征で指揮を執り、同国大学選抜と10度目の対戦で初勝利を挙げた。その試合で主将を務めた大東和美・日本スポーツ振興センター理事長は「豪快で情に厚い指導者だった。代表の歴史の一つひとつの積み重ねが、去年につながった」と懐かしそうに振り返った。

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