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 中等学校野球(今の高校野球)が戦争による中断から復活して今年で70年。復活大会の優勝投手だった大阪・浪華(なにわ)商(現・大体大浪商)の平古場昭二(ひらこばしょうじ)さん(2007年死去)に贈られた最優秀選手のレリーフが先月、遺族から甲子園歴史館(兵庫県西宮市)に寄贈された。「球史に残る名投手の足跡を知ってほしい」と願う。

 終戦からちょうど1年の1946年8月15日、第28回全国中等学校優勝野球大会が開かれた。北海道・函館中(函館中部高)から鹿児島商まで19校が参加。甲子園球場が占領軍に接収されていたため兵庫・西宮球場で7日間行われ、浪華商が優勝した。大阪は大会発祥の地だが、夏の大会の優勝は初めてだった。

 その原動力となったのが平古場さん。豪速球と落差の大きいドロップを武器に4試合で61奪三振。準決勝の東京高等師範学校付属中(筑波大付属高)戦では、19奪三振の大会タイ記録をつくった。娯楽がまだ極端に少ない時代、圧倒的な力で頂点に立ったエースは一躍ヒーローになった。

 浪華商卒業後は慶応大、社会人野球で活躍。プロ野球の審判員を経て、40代からは香川県・小豆島に移り住み、ゴルフ場のレストラン支配人に。07年8月、独居の自宅で倒れているのをガスメーターの検針員が見つけた。病に倒れ、そのまま亡くなったとみられる。79歳だった。