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 戦後、歴代首相が近隣国の批判や「違憲」の司法判断もある中で続けてきた靖国神社参拝。安倍晋三首相の参拝について、28日の大阪地裁判決は憲法判断をせず、訴えをすべて退けた。原告の戦没者遺族や若者らは憤る。何のための司法なのか――。

■戦没者遺族「何が神だ」

 判決は、安倍首相が参拝後に「過去への痛切な反省」を強調して不戦を誓ったことから、戦没者の死を美化していないとも述べた。

 「靖国参拝が平和を祈念するものと評価した判決。怒りを覚える」。2014年4月、若者からお年寄りまで多くの市民が起こした訴訟に加わった元中学社会科教諭の松岡勲さん(71)=大阪府茨木市=は判決後の会見で語った。

 13年12月26日。安倍首相の突然の参拝をテレビのニュースで見て「ショックだった」。戦死して靖国に合祀(ごうし)された父を思った瞬間、母と2人で生きた幼いころの記憶がよみがえった。

 父・徳一(とくいち)さんは終戦7カ月前の1945年1月、中国戦線で亡くなった。当時35歳。松岡さんはまだ1歳未満。夫を失った母・春枝さんは米や麦を作り、行商をして松岡さんを育てた。

 高校3年の時、父の死をめぐってぶつかった。歴史を学び、日本軍の侵略の事実を知った。もしかしたら、父も家族ある人の命を奪ったのではないか。疑問を口にすると「お父ちゃんは虫も殺さんええ人や!」と話を打ち切られた。

 それからは戦争の話を避けるようになった。毎年8月15日、全国戦没者追悼式がテレビ中継されるたび、正座して見守る母の背中が脳裏に焼き付いている。

 9年前、母は90歳で逝った。遺品を整理中、押し入れから靖国神社の合祀通知が出てきた。「合祀記念 神盃(しんぱい)」と書いた器も。「冗談じゃない」。父の命は国に奪われたに等しい。だれかの幸せも奪ったかもしれない。「何が神だ」