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 豊臣秀吉が築いた大坂城の天守閣があった詰(つめ)ノ丸(本丸の最上段)で、大坂夏の陣(1615年)で落城した際のものとみられる焼け土の層が見つかった。大阪市教育委員会などが2日発表した。

 夏の陣で豊臣家が滅びると、2代将軍徳川秀忠は豊臣大坂城を破却して地中に埋め、新たな城を築いた。

 今回、1984年に見つかった豊臣時代の石垣(高さ約6メートル)の公開施設(2019年完成予定)の整備に向けた調査で、84年に出土した石垣の最上部や、それを支えるこぶし大の裏込め石を再発掘。石垣の内側から、赤く焼けた土や壊れた瓦などが見つかった。大坂夏の陣で石垣の上に立っていた櫓(やぐら)が焼失した後、徳川方ががれきを埋めて整地したとみられる。

 現場は6、7日の午前10時~午後4時、大阪城天守閣東南の金蔵(きんぞう)東側で公開される。小雨決行。問い合わせは5日までは大阪市教委文化財保護課(06・6208・9069)、当日は発掘現場事務所(090・2386・7682)へ。(編集委員・今井邦彦