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 勢いのある葉が印象的な赤紫の小菊、生き生きとした黄色に紅葉した葉っぱ。いずれも、全町民の避難が続く福島県双葉町の保育園の庭に残された植物だ。東日本大震災から3月11日で5年。福島県郡山市の写真家、野口勝宏さん(56)は震災後、600種類を超える「福島の花」を撮影し続けている。

 2011年5月、野口さんは、当時千人以上が避難していた郡山市の「ビッグパレットふくしま」にいた。避難所を運営していた友人のひとりから依頼された記録用の写真を撮影するためだ。しかし避難所は、段ボールの間仕切りだけのプライバシーのない生活。精神的にぎりぎりの状況にいる人たちにカメラを向けるのがためらわれ、一枚も撮れない日が続いた。

 そんな時、頭に浮かんだのが花だ。野口さん自身、郡山市の自宅兼スタジオの壁に穴が開いたり、ひどい雨漏りに悩まされたりしたことで、震災直後は心に余裕がなくなっていた。1週間ほどして「撮ってみませんか」と知人が持ち込んだクリスマスローズの花を見て、気持ちがすっと落ち着いた経験があった。

 近所の人からもらった生花をバケツ四つに入れて持っていくと、避難所の重々しい空気がぱっと華やいだ。「おじいちゃんが好きだった花だ」などと会話も弾み、次第に避難所の様子を写真に収められるほど、交流が生まれていった。

 「心が弱っている時だからこそ花の美しさが響き、心を動かしたのだと思います」と野口さん。より多くの人の癒やしになればと、福島の花を撮影し、フェイスブックに投稿を始めた。原発事故が騒がれる中、福島の自然の美しさを伝えたいという思いもあった。

 写真はあえて花だけを切り抜く形にした。避難所では、花をきっかけに思い出を語る人をよく見かけた。多くを失った人にそれぞれの思い出で、背景を埋めて欲しいとの思いを込めた。

 野口さんの活動は口コミで広がり、理念に共感したボランティアらの手で、これまでに福島県内外で7回の写真展が開かれた。子どもの外出が厳しく制限されていた時期には、「福島の草花に触れてほしい」と考える保育士たちが、子どもたちをつれて地元の百貨店で開かれた写真展を見に訪れたこともあった。子どもが福島の草花で自由に遊べるように、写真からシールもつくった。

 県外の被災地を訪れて撮影する機会もでき、これまでに撮影した草花の写真は10万枚を超える。被災地でのワークショップや写真展などでは素材を無償で使ってもらっている。津波に押し倒されながらも花を咲かせた農家のカーネーション、避難してきた人の癒やしにと植えられたハスの花など、育てた人の思いを届けたい花もある。

 「震災直後は写真家としての自分が、悲惨な状況に何の役にも立てないとふがいなく感じたこともあった。でも今は自分が撮った花で、人をつないでいける。喜んでもらえることが原動力になっています」

 今年5月からは、全日空の国内線の機体に野口さんの写真をあしらった「東北FLOWER JET」が就航することが決まった。「震災を風化させない」「東北の“元気と感謝”を全国に届けたい」との願いを込めて、東北をはじめ全国各地の空を飛ぶ。(笹円香)