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 清原和博容疑者は野球界で華々しい実績を残した。PL学園高時代、5季連続で春夏の甲子園に出場し、甲子園で計13本の本塁打を放った。春、夏とも歴代最多で、今も破られていない。PL学園の同級生でエースだった桑田真澄さんと「KKコンビ」と呼ばれ、高校野球の一時代を築いた。

 1985年秋のドラフト会議で巨人を志望したが、巨人は大学進学を表明していた桑田さんを指名。直後の会見で涙ぐみながらも、交渉権を獲得した西武へ入団した。1年目から31本塁打を放って新人王を獲得。87年には巨人と日本シリーズで対戦し、日本一を目前にした試合終了前に涙を流した。名実ともに主砲となり、8度のリーグ優勝、6度の日本一と西武黄金時代を担った。23歳で年俸1億円(推定)を突破、若くして地位と名誉を手にした。

 97年にフリーエージェント(FA)で巨人に移籍。長嶋茂雄監督と握手を交わし、桑田さんとの「KKコンビ」も復活し、話題を集めた。だが、徐々に体の故障に悩まされる機会が増えた。勝負強い打撃は評価されたが、故障も続いて2005年に戦力外通告を受けた。

 プロ生活の最後は、故郷関西のオリックスだったが、またも故障に苦しみ、08年に現役を引退した。通算23年で525本塁打、2122安打、1530打点。輝かしい数字を残しながら新人王以外のタイトルがとれず、「無冠の大器」と言われたままバットを置いた。

 その後は、野球解説者などを務め、テレビ番組にも登場。清原容疑者をめぐっては、週刊文春が14年3月に「薬物を使用して緊急入院した」などとする記事を掲載。清原容疑者が別の写真週刊誌で反論するなど、薬物使用をめぐる疑惑が取りざたされていた。