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 愛知県大府市で2007年、認知症で徘徊中の男性(当時91)が列車にはねられ死亡した事故で、JR東海が遺族に約720万円の損害賠償を求めた訴訟の弁論が2日、最高裁第三小法廷(岡部喜代子裁判長)で開かれた。この日で結審し、判決は3月1日。認知症の高齢者が起こした事故の賠償責任を、介護してきた家族が負うべきかについて、最高裁が初めての判断を示す。

 「一、二審の判決は、認知症の人や家族にとって、あってはならない内容。最高裁には、認知症の人たちの実情や社会の流れを理解した、思いやりのある判決をお願いします」。長男(65)は弁論を前に、そうコメントを寄せた。

 JR東海から「監督義務者だ」と訴えられた長男は2年前に会社を退職。昨年2月に横浜市から愛知県大府市の実家近くに戻った。今は、父が営んでいた不動産業を継ぎ、母親(93)や妻(63)と生活している。

 事故当時、妻は介護のため、父の自宅近くに住み込んでいた。妻が片付けのために玄関先に出て、そばにいた母もまどろんだ一瞬の間に、父は自宅を出た。

 小銭も持たず、自宅近くのJR大府駅の改札を抜け、一駅先の共和駅まで列車に乗って移動。駅のプラットホーム端にある階段から線路に下りたとみられ、列車にはねられた。階段前には柵があったが、鍵のかかっていない扉から線路内に下りることができた。

 「どうして大府駅の駅員は、父を入場させたのか。なぜ共和駅の駅員は、一般の乗客と逆方向に向かう父を呼び止めてくれなかったのか」。家族は裁判で疑問を投げかけた。

 父は事故に遭った際、お気に入りだったニューヨーク・ヤンキースの帽子をかぶっていた。帽子にも衣服にも、妻が、連絡先を記した布を縫い付けていた。この名札をもとに、警察は家族に一報を入れた。

 事故の約10カ月前、認知症が重くなり「要介護4」の認定を受けた際に、家族は一度は特別養護老人ホームへの入所も考えた。だが、結局は在宅介護を選んだ。「父は住み慣れた家で生き生きと毎日を過ごしていました」。長男は振り返る。一瞬のすきなく監視しようとすれば、施錠・監禁や施設入居しか残されない。それでいいのか――。そんな思いが、事故からの8年を支えてきたという。(斉藤佑介、市川美亜子、河原田慎一)

■介護家族、訴訟を注視

 「認知症の人と家族の会」(本部・京都市)副代表理事の田部井康夫さん(68)は弁論を傍聴した後、「最高裁では、介護する家族が免責される判決を望みます。これまでの判決はあまりに酷です」と語った。同会は一、二審の判決後に出した見解で「認知症の人の実態をまったく理解していない」などとし、判決を「時代遅れ」と批判している。

 多くの介護家族がこの訴訟に自分を重ね、注目する。一人暮らしの認知症の義父を支えるために仕事を辞めた千葉県の女性(48)は「介護で苦労した家族だけが責任を負わされた。判決が最高裁で変わらなかったら、私も介護から逃げ出したい」と話す。

 家族の責任は、いま介護中の人だけにかかわるものではない。認知症の人は2012年に高齢者の7人に1人で、25年には5人に1人になる。徘徊(はいかい)中の事故のほか、車の事故や火の不始末などのトラブルの増加も避けられず、誰もが認知症と無縁でいられなくなる。そんな社会に最高裁の判断が与える影響は大きい。

 一方、徘徊がからむ事故などの損害にどう備え、どう賠償するのかも、この訴訟が投げかける問題だ。

 一般に、個人ができる対策として民間の「個人賠償責任保険」がある。火災保険や自動車保険などの特約として付ける場合が多い。日常生活でけがをさせたり、商品を壊したりして賠償を求められたとき保険金がでる。ただ一定の条件があり、すべての事故がカバーされるわけではない。

 介護関係者からは、個人の責任で賠償するのではなく、国が関わる公的な救済制度の創設を求める意見も出ている。(編集委員・清川卓史、友野賀世)