先月、90歳で亡くなった現代音楽界最大の巨人と目された音楽家、ピエール・ブーレーズさん。親しく接していた作曲家の藤倉大さんが追悼文を寄稿した。

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 ここ数年、ご病気だと聞いていたので、いつかこの日が来るかとは思っていたけれど、実際に訃報(ふほう)を聞き、それを伝えるニュースの数を見て、改めてその存在の大きさを思う。僕の住んでいるイギリスのBBCは、音楽業界の有名人を集め、即座に追悼番組を作った。亡くなったことがここまで大きく扱われた現代音楽の作曲家は、これまでにいなかったと思う。

 当然のことだろう。音楽の歴史上、ブーレーズほどいくつもの音楽の分野に、世界レベルで携わった人はいないのではないかと僕は思っている。ブーレーズの業績はたくさん記事にも本にもなっているので、興味がある人はそこで詳細を読んでもらうとして、ざっと挙げてみるとこんな風だ。作曲。指揮。教育者。現代音楽のみを演奏するためのアンサンブル創設。音響・科学技術を研究する施設(IRCAM)の創設。

 自分の音楽を演奏するためにアンサンブルを作ったり、音響スタジオを作ったりした人はいたかもしれないが、他人のため、もっと言えば世界中の新しい音、次代の音楽のための組織を作り、それらが40年も運営を続けている。そんなことを実現できた作曲家など、歴史をどう見渡してもいないと思う。

 そこで開発されたソフトや音響の技術が、ここ最近になって、特別なジャンルである現代音楽だけでなく、みんなが普通に耳にするポップスでも普通に使われるようになってきている。本当の意味で、音楽の歴史をプッシュしたのだ。それも政治家ではなく、1人の作曲家が、である。これからの音楽の聴き方、作り方を変えてしまうほど、重要な作品を膨大に残した人。ブーレーズほど、生きている間にたくさんの文献が書かれた作曲家もいないだろう。

 まず、教育者としてのブーレーズについて、個人的な話をしたいと思う。僕が最初にブーレーズに会ったのは2003年、スイスのルツェルンだ。ルツェルン音楽祭では、若手育成のアカデミーをブーレーズの監督の下で開催していた。世界中から才能のある演奏家を集めてオーケストラを作り、数週間にわたって現代音楽のリハーサル、演奏をブーレーズの指揮でやる。

 現代音楽だけを演奏するフルオーケストラのサマーコースは今までになかった。そのアカデミーでは、28歳以下の若い作曲家を世界中から2人選び、2年後に世界初演するための作品を書かせる。その世界初演の1年前には「試し弾き」のセッションがあり、その試し弾きも世界初演も全てブーレーズが指揮をする、という豪華なものだった。

 最初に僕がブーレーズに会ったのは、その作曲家を選ぶオーディションの最終選考のとき。ファイナリストは3人に絞られていた。そこから2人、ブーレーズが実際に会って直々に選ぶ、というやり方だった。僕は1回でも会えたら、孫にでもブーレーズに会ったことがあると自慢できるからそれでいいや、というくらいの気持ちで臨んだ。

 おそらく音楽、作曲を音楽大学で勉強している人なら分かると思うけど、ブーレーズは、生きている頃からすでに教科書に出てくるくらいの偉人(僕の音大でも、一つの学期はブーレーズに関する授業だった。バッハやベートーベンにもそんなに時間を割かないのに)だったし、ロックスターのような存在だった。なので、僕はあまりの緊張から、約束の時間の30分も前に着いてしまった。

 建物の中に通された。ある部屋の、少し開いたドアの向こうに、ブーレーズの後ろ姿が見えた。僕のオーケストラの楽譜を、鋭いまなざしで読んでいた。近づこうとした僕の足音をききつけたブーレーズは、指揮者がオーケストラをぴたっと停止させる時の空手チョップみたいなしぐさをし、手のひらをサッとこちらに向け、「まだ待って!」と手のみで指示。僕はその瞬間、心臓まで止まってしまうかと思った。

 ようやく時間が来て、部屋に入…

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