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 京都大原子炉実験所(大阪府熊取町)で研究を続け、原発に反対してきた「熊取6人組」。その研究者が35年あまりにわたって実験所で開いてきた市民向けの自主ゼミが10日、幕を下ろす。出世と無縁だったが、国、電力会社、学界の「原子力ムラ」の面々が原発を推進するなか、その危険や課題を訴え続けた。

 先月28日、最後の現役だった助教今中哲二さん(65)の実験所の退職講演。「『脱原発が旗印だといじめられたでしょう』と言われるが、そんなことありません。褒められたこともありませんが……」。出席者約60人から笑いが漏れた。

 「6人組」はほかに海老沢徹さん(77)、小林圭二さん(76)、瀬尾健(たけし)さん(1994年死去、享年53)、川野真治さん(74)、小出裕章さん(66)。

 「6人組」の活動のきっかけは73年に始まった四国電力伊方原発(愛媛県)の原子炉設置許可取り消しを求めた訴訟。最高裁で敗れるまで19年間、専門を生かして原告の住民を支援し、法廷で証言もした。研究のかたわら、活動は各地に広がり、原子炉に詳しい小林さんは高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県)の設置許可処分の無効確認を住民が求めた訴訟に関わった。

 今中さんは、瀬尾さんと79年の米スリーマイル島事故の放射能放出量の評価をしたほか、86年に起きたチェルノブイリ原発事故の現地を二十数回訪ね、放射能汚染の評価に取り組んだ。

 「運動組織でも、徒党を組んだわけでもない。個人の考えでやってきた」と今中さんはいう。原発推進の「ムラ」の存在が圧倒的な世界。昨年退職した小出さんは圧力や嫌がらせを受けたことはなく気楽に研究に打ち込めたと振り返るが、6人は助手、講師、助教、助教授どまりだった。

 6人組について、高速増殖炉開…

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