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■就活する君へ

 就職活動は山あり谷あり、苦境に直面することもあります。

 かつてやはり苦境に直面していた大企業がありました。西武鉄道グループです。不正の発覚により、株式が証券取引所で売買できなくなる措置に追い込まれ、業績も伸び悩んでいました。メインバンクから転じて経営改革に取り組んだのが、現在、西武ホールディングス(HD)社長をつとめる後藤高志さんです。就職活動生にも伝えたいという、後藤社長の「苦境に打ち勝つ仕事哲学」を聞きました。

 ――後藤社長の「仕事哲学」を聞かせてください。

 「四つあります。一つは、『明るくさわやか』であれ。陰気にしていると、人は集まってきません。二つ目に、『執念をもって仕事にとりくむ』。社会人は全員が、仕事へのプロ意識を持たなくてはいけません。プロ意識とは、やると決めたからには、徹底して取り組むということです。三つ目は『颯爽(さっそう)としていること』。背広やワイシャツがくしゃくしゃであるとか、ネクタイがだらしないとか、不潔な格好の人のところにも人は集まってこない。また、内面的にも背骨が一本通っている必要がある。ふらふらしていないで、自分の意見をしっかり持つことが絶対に必要です」

 「最後に『俠気(おとこぎ)を持つ』です。この心構えが、社会人のカギであると、私は考えています。俠気とは、つまり苦境、難局にあたっても逃げないという気構えです。ひとたび逃げる、避けるということをすると、必ず癖になるんですよ。そういう人は周囲から信頼されず、レベルの高い仕事もめぐってきません」

■最悪想定しつつ楽観的に行動

 ――西武グループの再建も、苦境の連続だったのではないですか。不採算事業から次々撤退するなど、大なたを振るいました。

 「西武HD社長に就いた初日、不祥事で自信を失っている社員に向けて『朝の来ない夜はない』と檄(げき)をとばしました。これが、俠気をもって苦境に立ち向かう心構えの、すべてを言い表しているんです。どんなピンチになっても、努力すれば必ず太陽が上がってくると、私は確信しているし、社員にも確信して欲しかった。西武グループ再建の過程で、ずっと言い続けてきたことです。去年、プロ野球チームの埼玉西武ライオンズが13連敗した時も、11連敗した日に私は球場に行って『朝が来ない夜はないんだよ』と選手たちに言いました」

 ――なぜ、この心構えが大切なのですか。

 「人生も企業経営も、悪い状況の渦中にいるときは、どこまで続くぬかるみぞと、ずっとこの状況が続くのではないかと思いがちなんですよ。でも、苦境では最悪の事態を想定しながらも、実際の行動は楽観的にとることが大事です。最悪の事態を想定して、どうにかして脱却してやろうともがいていると、いろんなアイデアが浮かんでくるんです」

 「そうして努力していると、想定した最悪の事態よりは、良い方向に物事は動いていくものなんです。すると、自分に自信が持てるし、先行きに希望が持てるようになる。最悪の事態を想定していれば、はっきり言えば怖いことはないんです」

■生意気だった新人時代

 ――東京大学を卒業後、合併で誕生したばかりの第一勧業銀行(現・みずほ銀行)に就職しました。

 「第一勧業銀行は当時、合併で総資産は国内1位。世界でも有数の規模の銀行になった。私はラグビー部の先輩から商社やメーカーを紹介してもらったけれど、大きな、新しい可能性のある企業に勤めたかった。その点、第一勧銀が一番挑戦しがいがあるなと思いました」

 ――どんな新入行員だったのですか。

 「ひとことで言えば生意気だったと思う。最初は学生気分が抜けきらないで、預金や為替、窓口などの基礎業務でもミスが多い。当然、上司から厳しく指導を受けた。それに対して、生意気に反論していました。だから上司から見ると、口の減らない、生意気なやつだと思われたと思いますよ」

 ――では、「逃げない」という信条は当時からのものですか。

 「いや、入行1年目には、仕事への不満が募って、銀行をやめようと思い詰めたときもあった。ただ、先輩や上司が、私の様子を見て一杯飲みに行こうと誘ってくれた。酒場で、私は不満タラタラ言うわけです。すると『じゃあ辞めたらいいじゃないか』と言われて。そう突き放されると、『もうちょっと頑張ってみたい』と逆に思ってしまってね。もう一回真剣にやってみろと、厳しく温かく諭されましたね」

 「それからです。私の仕事に対する向き合い方が違ってきたのは。ルーティンでやっている仕事でも、惰性に流されるのではなく、どうしたらより効率的に、もっと高度化できるか、向上できるかを常に考えるようになりました。地道な積み重ねをして、私もプロの社会人になっていきました」

■就職活動「事業」に注目を

 ――就職先の企業は、どのような視点で選べばいいのでしょうか。

 「強く言いたいのは、就職先は『企業』ではなく『事業』で選んで欲しいということです。企業はどんどん変わっていく。繊維事業が主力だった東レや帝人も、いまは化学メーカーに変わっている。一方で、かつて日本を支えた大企業でも、経営不振に陥るところが続出しています」

 「非常に不透明・不安定な時代に入っていることを、意識して欲しい。企業を基準に就職を決めてしまうと、その企業が変わって自分がやりたいことができなくなっても、離れる決断ができなくなってしまう場合がある。自分の人生を決める軸を、企業に依存してしまうのは、おすすめしません。ですので、まず、やりたい仕事内容、事業を一生懸命に考えて絞り込んで欲しい。そのなかでどの企業に就職するのが、自己実現にとってプラスなのか考える。そうした思考回路が必要だと思います」

 ――最後に、人はなんのために働くのでしょうか。

 「大きいのは、自己実現ですよね。働くということを通して、自分の考えていること、あるいはやりたいことを実現していく。その欲求を、人間は必ず持っているものだから。苦境から逃げずに努力を続けた先で、やがて周囲から認められ、よりレベルの高い仕事ができるようになる。その結果、仕事の質が上がり、自己実現の欲求が満たされるというプラスのスパイラルが生まれていく。自己実現を果たすことが、社会人として目指すべきことじゃないでしょうか」

 ――後藤さん自身の社会人人生は、いかがですか。

 「銀行マンから転じて、経営者として企業再建を任されるなんて、若い頃は想像もつかなかった。まあ、でも、これも人生だし。面白いと思いますね。人生、予測可能で約束されたロードマップを歩いているんじゃエキサイティングじゃないから。そう考えると、私は非常に面白いビジネスマン人生を歩いていると思いますよ」(信原一貴)

     ◇

 ごとう・たかし 1949年生まれ。東大経済学部を卒業後、72年に第一勧業銀行(現・みずほ銀行)に入行。2004年に、みずほコーポレート銀行副頭取。西武グループ再建のため、05年に西武鉄道社長に就任。06年の組織再編にともない、西武ホールディングス社長に就いた。同社は15年3月期決算まで、6期連続の増益を達成している。