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 ホームに漂う香りに誘われ、つい足が向く駅構内のそば屋。各駅で味が違うのも魅力だが、最近は昔ながらの店が消え、画一化が進んでいるという。大きな転換期にある首都圏の「駅そば」事情とは――。

 昨年11月、東京のJR立川駅のホームで長く親しまれてきた「奥多摩そば」の看板が消え、近隣の駅と同じ「清流そば」に変わった。店の運営は2年前からJR東日本系列の日本レストランエンタプライズ(NRE)が担当。同社の方針で立川駅にあった4店のうち2店の名前がすでに変わり、残りも新年度中には切り替わる。

 「奥多摩そば」は地元の弁当店が開店。戦後まもなくから続く濃厚な汁と、がんもどきや玉子が載った名物「おでんそば」が評判だったが、経営者が高齢で撤退した。「清流そば」でも名物メニューは残ったが、麺やつゆは変わったという。通勤時に食べていたという50代の男性は「寂しいね。以前の味が懐かしい」と惜しむ。

 首都圏では駅そばの閉店が相次いでいる。千葉駅では2014年6月、長く続いた「万葉」が看板を下ろした。他にも味に個性があった新宿駅や池袋駅の駅そば屋が閉店。複数の駅に点在していた「喜多そば」「小竹林」など、首都圏のJR利用者にはおなじみだった店も次々に姿を消しつつある。

 代わりに増えているのがNREなどJR系列会社の新店舗だ。店名を変えないで引き継いだり、駅の改装に合わせて新たに出店したり。ただ同じ会社の店だとメニューはほぼ共通で、昔から通うファンは「個性が消えた」と嘆く。

 なぜ急速に入れ替えが進んでいるのか。JRの駅そばは主に、地元の駅弁会社が出店した店と、旧国鉄が余剰人員対策で展開した店の2種類あった。だが前者は駅弁事業の不振や経営者の高齢化で撤退が相次ぎ、多くはJR系の会社が後を引き継いだ。

 後者もJRグループ全体の事業再編で、NREなどグループ内大手への集約が進んでいる。駅のバリアフリー化といった改装工事も、店の入れ替えを後押しした。改装を機に撤退したある業者は「駅周辺に安い飲食店が増え、小さな会社では経営が厳しくなった」と打ち明ける。

■大手、地域ごとに「ご当地」つゆ使い分け

 逆風の中でも昔ながらに頑張っているのが、常磐線・我孫子駅の「弥生軒」。もともとは弁当店で、戦時中には画家の山下清も働いていた老舗だ。

 名物は「から揚げそば」。大人の握り拳ほどあるから揚げがドカンと載る(1個入り400円、2個入り540円)。駅近くの工場で調理しており、植崎和基代表は「自家製で新鮮なのが売りです」。駅周辺の宅地化に合わせ、早い時期に弁当から駅そばに方向転換したのが好調の理由という。

 一方、首都圏で約140店舗を展開するNREも駅そばの魅力を絶やすまいと工夫を凝らす。麺営業グループの棚谷智行さんは「飽きられないよう、今は色々と趣向を変えている」。

 同社はゆで麺を使う首都圏の店舗について、都心や横浜、千葉など5地域に分類。地域ごとに店名を変え、地元の好みに合わせて異なるつゆを使い分ける。都心の「大江戸そば」は強いカツオ風味、横浜の「濱(はま)そば」なら甘さを際立たせるといった具合だ。のど越しの良い生麺を使った店も拡大。池袋駅にある「そばいち」は店舗で製麺までする本格派で、女性や家族連れにも人気だ。

 実は同社には苦い記憶がある。かつて「あじさい茶屋」という店を大々的に展開したが、各店の味が同じで味も平凡。「駅そばの魅力を分かっていない」と苦情が相次いだ。仕入れの集約などで効率化は進めるが、棚谷さんは「同じ失敗は繰り返さない」と話す。

 駅そばを食べ歩くライターの鈴木弘毅さんは「駅ごとに個性があるのが魅力で、画一化が進むのは残念。特産品を使ったご当地メニューなど、お客さんが『食べに行きたい』と思うような店が増えてほしい」と話す。(伊藤唯行)