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 東日本大震災から3月11日で5年になる。三重県出身で家族写真を中心に撮影する写真家の浅田政志さん(36)は、写真洗浄ボランティアをきっかけに東北と深く関わり始めた。写真洗浄や街の再建に奮闘する人々の撮影を通して初めて知った、写真の新たな魅力があったという。

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 震災の1カ月後、青森県八戸市へボランティアに行きました。三重県で育ってずっと東京で活動していたので、東北の沿岸にはほとんど行ったことがなかった。唯一の知り合いがいたのが八戸だったんです。1カ月が経ち、だいぶ落ち着いていたので「もっと被害が大きいところへ行った方がいい」と言われて、南下してたどり着いたのが岩手県野田村でした。

 役場の隣にある体育館には、衣類から暖房器具まで全国からたくさんの支援物資が届いていました。その中から、被災地の方の要望が書いてあるメモに沿って、物資を選ぶ作業を1日しました。「次の日も来ようね」と仲間と話しながら帰るとき、体育館横の駐車場で写真を洗う3人の若者に出会ったんです。午後4時を過ぎて、寒空の下、黙々と作業をしていた。僕もお手伝いできたらと、翌日から作業に加わりました。

 写真って水につかるとダメになるって思っている人が多いようなんですが、意外と水には強い。暗室で現像する時には何度も水をくぐらせる。「ちょっと指紋がついちゃった」という時には写真を洗ったりもします。

 ただ、せっかく写真をきれいにしても、持ち主に返すには工夫が必要でした。最初は何枚か束にしてポケットアルバムに入れていたのですが、かがんで取り出して一枚一枚見て、というのは腰に負担だし、大変な作業。返却率は低迷しました。そこで、ホームセンターで安いボードを買って、ポケットアルバムを解体したものを貼り付けて写真を一覧できるようにしたら、ぽんぽんっと持ち主が2、3人見つかった。「家族アルバム」「結婚式」「学校」などとジャンル分けをしたりと、ボランティア仲間で「どうやって持ち主のもとに返そうか」と常に工夫しました。

■写真を通して感じた「リアリティー」

 実をいうと、ボランティアで写真を一枚一枚洗って初めて、震災の被害にリアリティーがわいたんです。もちろんニュースで津波の衝撃的な映像を見て、「大変なことが起きた」とは思っていました。でも、どうやったらきれいに写真を残せるかを考えて、知らない家族一人一人の顔を見つめることを繰り返していたら、「見ず知らずの人の家族写真を泥まみれになって洗うって、普通ならあり得ないことだよな」って。震災で奪われた一人一人の生活があったという事実を突きつけられました。

 写真のあるべき姿についても考えました。野田村では「お茶会」と称して、お茶を飲みながらわいわい写真を見て、持ち主を探すんです。その中で偶然、若い頃の写真が見つかったおじいちゃんがいた。「この一枚だけだ」と小さなL番プリントを大事に持って帰る姿を見たら、その一枚を大切に家に飾って、時折見返して、今までの人生を思ったりして…と思いをはせていました。美術館やギャラリーに飾られる何百万円もするような「崇高な写真の価値」とは違っても、かけがえのない、その人にとって一対一の関係にあるものが写真の本来の姿なのだと感じました。洗浄に関わったことで見つけた「写真の隠れた力」です。

 不思議なことに、いろんなボランティアの中で特に写真洗浄をやりたいという人も多いんです。家の中には大切なものが他にもあるし、たとえば本でもいい。でも、誰に言われるわけでもなく、各地で写真洗浄ボランティアが活動を始めた。どこかで家族写真の大切さを感じていたのでしょう。

■写真にあふれる「力強さ」

 宮城県の気仙沼市や南三陸町で、地元の人たちを撮影する機会にも恵まれました。特に南三陸町には、観光協会の依頼で2013年から今年1月まで6回通いました。

 復興のために努力する人から感じるのは、圧倒的な「人間力」。何億円もかけて建てたばかりの工場を流されて、でも前向きに再建して何十人もいる従業員と一緒に頑張っている社長さんもいる。「自分だったら」って考えると、どんなにすごいことかが分かります。

 撮影した中で特に印象的だったのが、軽トラで仮設住宅を回って揚げ物の屋台を出している後藤一美さんです。

 震災前に営んでいた海鮮料理店が津波で流されてしまって、揚げ物というまったく違うジャンルの料理で今は勝負している。行列ができる人気店だったのに、店を再建しなかったのは、「仮設住宅では揚げ物をしにくい」という地元の人の役に立ちたかったからだとか。これまでの料理に自信もあっただろうに、以前よりもうけも少ないだろうに、夏の暑い中、狭い軽トラの中で揚げ物をする姿に心が動かされました。

 僕にとっては家族写真が得意なように、「自分が一番表現できるもの」を変えることって難しい。でも、後藤さんにとって、それは仕事をする動機ではないんだなと思った。それはきっと、誰かに喜んでもらうことだったり、「おいしい」って声を聞くことだったり。そのしなやかさに、人間としてなんて力強いのだろうと教えられました。

 震災からもう5年が経ちますが、まだ更地が目立ち、これから建物を建てるというところも多い。復興は道半ばです。一方、被災地に関する報道は年々減って、「月日とともに震災が終わったかのように思われるのが一番つらい」と、被災地で耳にします。

 写真を撮ることって、ある意味コミュニケーションで、撮影の中でその人の人となりが伝わるんです。震災で苦労されて、でも力強く生活している人たちの魅力を、僕の中だけにとどめておくのはもったいない。これからも縁がある限り被災地へ撮影に行き、様々な形でみなさんに届けていきたいです。(聞き手・笹円香)

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 あさだ・まさし 1979年生まれ。写真集「浅田家」で第34回木村伊兵衛写真賞を受賞。東日本大震災が発生した2011年3月11日は、青森県八戸市で写真展「八戸レビュウ」を開催していた。昨年3月には、写真洗浄ボランティアの様子を撮影した「アルバムのチカラ」を出版。