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 ご存じ「マルタイの棒ラーメン」(商品名・マルタイラーメン)。世界初の即席ラーメンとされる日清の「チキンラーメン」に遅れること1年。歴史の厚みでも全国屈指の麺が、この50年にわたって佐賀県の旧北波多村(現佐賀県唐津市)のマルタイ佐賀工場だけで作られてきたことは案外知られていないのではないだろうか?

 唐津市南西部の、のどかな田園風景の中にマルタイのロゴ。工場の門を入ると創業者の藤田泰一郎(たいいちろう)氏の胸像が出迎えてくれた。「そうか『泰一郎』だから、屋号がマルタイか」とひとり納得し、お辞儀をした。

 社史は、佐賀工場の由来をこう記す。「1964年11月、佐賀県ならびに北波多村より、産炭地振興事業法による企業誘致を受けた」「福岡工場は当時すでに第1~4工場、スープ工場、包装工場を有していたが、それでもなお需要に追いつかない状態だった」

 敗戦の2年後、福岡市でうどん製造を始めた泰一郎氏が59年に棒状ラーメンを発売した、とある。日清のチキンラーメン誕生は58年。社史は「チキンラーメンは油で揚げた縮れ麺。この点に泰一郎はひっかかるものを感じた。うどん製造の経験から、油で揚げないほうが味がいいのではないかと感じた」。当初は福岡市の工場で製造、66年操業の佐賀工場が引き継いだ。

 ノンフライにこだわるから、そうめんみたいに棒状なのか! 乾麺の天日干しを思い浮かべた記者に、工場長の寺田光彦さんが解説してくれた。「油で揚げると、すぐ乾燥させられるし、日持ちもいい。私たちはノンフライの方がおいしいと実感しますが、生産効率は悪いんです」