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★キャンプの素顔・総括編

 関口雄大、というプロ野球選手がいた。滋賀大学から出た、史上初のプロ野球選手だった。2007年の育成ドラフトで横浜(現DeNA)から指名。09年に日本ハムへ移籍。12年、戦力外通告を受けた。1軍出場は7試合で10打数1安打。球団の用具担当を経て、今は映像担当をしている。

 私の後輩だ。プロ野球の世界にいる、たった一人の後輩だ。

 ずっと会いたかった九つ下の後輩と、名護キャンプで初めて話せた。

 「運が良かったんですよ」。宇都宮市出身。独り立ちを期して、縁もゆかりもない場所の大学を選んだ。高校時代、甲子園は遠かった。それでも練習は厳しかった。大学では楽しくやろうと、監督のいない野球部に入った。バドミントン部と悩んだ末だった。

 3年生の春、所属するリーグの選抜チームに選ばれた。プロ注目の選手がいるリーグのチームと対戦した。「足と打つ方は、いけるんちゃうか、と」

 50メートル走は5秒台。打力は、外野フェンスを楽に越えるようになっていた。「城を砲撃、って感じで打ってましたね」。経済学部だったから、大半は銀行や証券会社など金融機関に就職する。途方もない挑戦を周囲は応援してくれた。

 入団テストを受けた。コーチが投げた10球のうち、8球をスタンドに放り込んだ。「他のチームは受けないでくれ」と、指名が決まった。

 しかし、プロは才能だけで生き残れるほど甘くはない。「強豪校や社会人出身と一番違ったのは、細かいプレーです。ヒットエンドランなんて、ただ転がせばいい、って思ってました」

 特技はパソコンの自作。最初は「試合と同じ時間くらいかかった」という1試合の映像編集も、1時間以内でこなせるようになった。「DVDで選手に渡すのが、どうしてもね。スマホやタブレットで見えるようにすれば、もっと手軽なのに」。チームの勝利のために、アイデアは次々と浮かぶ。

 地元の漁師が畏敬を込めて「うみ」と呼ぶ、琵琶湖のほとり。彦根城を仰ぎ見た4年間を語り合える後輩がいるチームを、私は運命だと信じて追いかける。(山下弘展)

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