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 第2次世界大戦のインパール作戦で、敗走する日本兵が通ったミャンマー西部で収容された日本人の遺骨10柱が4日、日本に帰還した。現地で長年続いたミャンマー政府と少数民族との対立が和らいだことで、厚生労働省が先月から39年ぶりに収容作業をしていた。

 インパール作戦は、旧日本軍が連合国側の補給路を遮断するためインドのインパール攻略を狙った作戦。ミャンマー西部の退路は多くの兵士が亡くなって「白骨街道」とも呼ばれた。今回収容された遺骨は、そばにあった万年筆などの遺留品から日本人と特定。遺族が見つからない場合は千鳥ケ淵戦没者墓苑(東京都千代田区)に納められる。

 今回の収容は現地に住む僧侶の井本勝幸さん(51)の情報が大きな手がかりになった。私費で少数民族向けの農業訓練所を開き、和平交渉も手伝ったところ、2012年末ごろに少数民族側から「恩返し」として日本兵の遺骨がある場所を教えられ、これを厚労省に伝えたという。

 厚労省によると、ミャンマーでの戦没者は約13万7千人おり、なお約4万5600柱の遺骨が残る。記者会見した井本さんは「いまだ多くの方が日本に帰ってきておらず、始まりの一歩に過ぎない」と話した。(久永隆一)