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 4年前の銀メダリストが五輪にたどり着く前に姿を消した。7日、大阪であったサッカー女子のリオデジャネイロ五輪アジア最終予選で日本は、ベトナムとの第4戦を戦う前に敗退が決まった。実力差がなく、世界でも最も過酷といわれた今回のアジア最終予選。2011年のワールドカップ(W杯)優勝をピークに世代交代が進まず、力も自信も一気に失墜した。

 1993年から日本の女子サッカーを牽引(けんいん)してきた澤穂希(ほまれ)さん(37)が、現役生活に終止符を打ったのは昨年12月。2月29日に始まったアジア最終予選で主将の宮間あや(31)=岡山湯郷=は「澤さんがいなくなって、『なでしこ』がダメになったと言われたくない」と繰り返していた。

 20年以上も日本女子代表を支えた澤さんだが、昨夏のW杯カナダ大会では控え選手の一人。ピッチ上の技量で言えば、守備的ミッドフィールダー(MF)の宇津木瑠美(27)=仏・モンペリエ=をけがで欠いた穴の方が大きかった。

 オーストラリアとの初戦。我慢強い守りを見せるはずだった宇津木の代役は、相手ゴール前で得点に絡むのが持ち味の宮間が務めた。実力者だが、適材適所の布陣が崩れた。

 宮間は2試合目の韓国戦で攻撃的なMF、3試合目の中国戦は本来の左MFに戻された。チームの柱の位置が定まらず、一度狂った歯車は元に戻らなかった。

 中国戦までの3試合、無失点で切り抜けた試合も、2点以上を奪った試合もなかった。4試合目のベトナム戦を迎える前に敗退が決まった。

 中国戦ではチームワークも崩壊していた。

 前線へロングボールを放り込む作戦だったが、うまくいかないと「役割に徹し切れていない選手がいる」と味方を批判する選手が出た。「監督の指示のせいで勝てなかった」という采配批判まで飛び出した。

 澤さんに代わってエースナンバーの背番号10を背負った大儀見優季(28)=独・フランクフルト=は、「この試合に負けることが何を意味するのかは、自分の中で理解して挑んだ。ただ全ての選手が理解していたかというと、きっとそうではなかった」と話した。

 実績を積み上げた一部の選手同士では結束力が高まったが、ほかの選手との間には溝ができた。「中心選手は、全員を信じていたわけではない」と漏らす中堅選手もいた。

 「苦しい時は私の背中を見て」。そう言ってチームを引っ張った澤さんのような存在はいなかった。佐々木則夫監督(57)はこの最終予選が始まる前、「ああいう選手が現れるには時間がかかる」と語っていた。(富山正浩)

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