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 豊臣秀吉が贅(ぜい)を尽くして築いた城郭式の公邸「聚楽第(じゅらくだい)」(京都市上京区)について、本丸などの外側に大規模で複雑な形の外堀を備えていた可能性があることがわかった。京都大防災研究所などのグループが10日発表した。わずか8年で破壊され、謎の多い聚楽第の全貌(ぜんぼう)を解き明かす大きな手がかりとなりそうだ。

 聚楽第は1585年に関白に就いた秀吉が翌年に着工。87年に完成した。91年に関白職とともに甥(おい)の秀次に譲られたが、95年に秀次が謀反の疑いをかけられて切腹すると、徹底的に破壊された。

 過去の調査で内堀の石垣や屋根を飾った金箔(きんぱく)瓦などが出土。絵図などから本丸を囲む内堀のおおよその形もわかっていたが、それ以外はほとんど不明だった。

 今回、住宅などが密集し大規模…

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