民社党委員長や細川、羽田両内閣の厚生相を務めた元衆院議員の大内啓伍(おおうち・けいご)さんが9日、肺炎で死去した。86歳だった。通夜は17日午後6時、葬儀は18日午前10時から東京都品川区西五反田5の32の20の桐ケ谷斎場で。喪主は妻たつ子さん。

 1953年、右派社会党に入り、60年の民社党結成に参加。76年に旧東京2区から衆院議員に初当選し、85年に民社党書記長、90年に同委員長に就任した。

 93年に誕生した非自民7党1会派による細川内閣、94年に発足した羽田内閣で厚相を務めた。羽田政権では社会党を除いた新会派「改新」を提唱したが、社会党が政権から離脱。責任を取って民社党委員長を辞任した。

 94年12月、小沢一郎氏(現生活の党と山本太郎となかまたち代表)の主導で新進党が結成されたが、参加せず、新党「自由連合」を結成して総裁に就任した。その後、95年に自民党に移ったが、96年、2000年の2回の総選挙で落選し、政界を引退した。