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 東日本大震災から5年を目前にした10日、東北沿岸部の各地では、行方不明者の捜索や追悼の催しがあった。献花台や墓地では、亡き人を悼み、手を合わせる姿も見られた。この日の被災地の様子を写真と文で紹介します。

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 岩手県大槌町で10日、幼い頃に遊んだ海岸で慰霊のトランペットを吹く臺(だい)隆裕さん(21)。高校1年生の時に被災し、震災の記憶を音楽で伝えようと、東京でトランペッターになった。

 「5年間たってもまだ見つけられず海に眠る人たちは、どれだけ寒くて寂しいかと思う。少しでも温かな気持ちになってもらえたら、と吹きました」。町では今も400人以上が行方不明のまま。臺さんは11日、町で無料コンサートを開く。(川村直子)

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 宮城県名取市の閖上地区には10日、鹿児島市から修学旅行で被災地を訪れた中学生の姿があった。

 生徒らは慰霊碑に花を供え、黙禱(もくとう)した。志學館中等部の前田千鶴子さん(14)は「津波の怖さを知りました。これからしっかりと防災を考えていきたい」と話した。(日吉健吾)

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 宮城県南三陸町歌津の集会所で10日夕、ボランティア団体「震災復興支援協会つながり」が犠牲者を追悼するキャンドルナイトを開いた。

 ロウソクがともされた薄暗い部屋で、母親の和江さん(当時47)を亡くした志津川高校1年生の岩石桂惟(かい)さん(16)が思いを語った。震災の2週間後に父親から和江さんが亡くなったことを聞かされた時の気持ちなどを涙ぐみながら語ると、会場からはすすり泣きが漏れた。

 「震災で人の優しさ、家族の大切さを学んだ」という岩石さんは「あのときの思いはまだ消えていない。伝えていかなくてはと改めて思った」と話していた。

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 震災で大きな被害を受けた宮城県南三陸町歌津の中心部。震災直後の2011年3月17日、津波が押し寄せてがれきの街となり、自宅跡で思い出の品や使える物を捜す人の姿がいたるところで見られた。

 5年後の10日、周囲では盛り土工事が進む。約3メートルかさ上げされた場所に仮設の「伊里前復興商店街」ができた。国道45号はいまだに通行止めで、迂回(うかい)路の県道は工事車両が次々と行き交う。(西畑志朗)