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 東京電力福島第一原発事故で福島県の9市町村に出している避難指示について、政府は来年3月までに順次解除する。現在避難を強いられている約7万人のうち、66%にあたる約4万6千人がふるさとに帰れるようになる。一方、放射線量の高い帰還困難区域は除染がほとんど進んでおらず、避難指示の解除のめどがたっていない。

 政府は南相馬市南部に出ていた避難指示を4月に解除する方針。約1万2千人が対象となり、これまで解除された中で最も多い。4月以降に葛尾村の大部分、川俣町と川内村の一部に出ていた避難指示も順次解除する。ほかの5町村も帰還困難区域を除き、来年3月までの解除を目指す。

 避難指示が解除されても、どのくらいの人が帰るかは見通せない。昨年9月に避難指示が解除された楢葉町では、4日時点で全人口約7400人のうち459人しか帰っていない。放射能への不安に加え、買い物の不便さや、医療、子どもの教育環境への懸念などがあしかせになっている。避難先で仕事を見つけて定住する人も多い。

 避難指示の解除とともに避難者への東電の賠償や国の支援策も縮小されていく。原発事故で被害を受けた商工業者への賠償は2016年度分で終えるほか、住民1人あたり月10万円支払っている慰謝料は18年3月分で打ち切る。すでに避難指示を解除した市町村でも、全額免除されていた医療費や土地建物にかかる固定資産税の一部が自己負担になっている。(鹿野幹男)

■帰還者、不安と不便抱え生活

 「畑が除染されず農業ができない」「町に戻っても、買い物すらできない」

 政府が4月の避難指示解除を目指す、南相馬市小高区。2月の住民説明会で、解除反対の意見が相次いだ。避難先の福島市から参加した松本勇さん(65)は「自宅に帰りたい。でも今の状態では事故前の暮らしは到底できない」と嘆く。

 「帰れるなら帰りたい」と考える人は多い。でも反対するのは、解除後の暮らしが不安で不便だからだ。

 解除される地域では、住宅周りの除染は3月中に終わる予定だが、畑や道路は3~4割止まり。大部分の放射線量は解除の目安を下回っているものの、取り除いた汚染土を入れた袋は家の近くに山積みのままだ。病院は2014年4月に再開した一つだけ。スーパーはプレハブ造りの仮設商店のみで、コンビニはない。

 昨年9月に解除された楢葉町は、にぎわいを取り戻すのに苦労している。半年間で町に戻ったのは住民の6%、459人にとどまる。

 役場そばの仮設商店街は原発の廃炉や除染の作業員で昼時はにぎわうが、午後1時を回ると客足が途絶える。スーパーを営む根本茂樹さん(54)は「客は作業員が90%ぐらいで町民はほとんどいない」と話す。

 赤字額は年間7千万円。それでも店を続けられるのは、今はまだ東京電力からの賠償があるからだ。ただ、東電は営業損害賠償を原則、16年度分までで終わらせる。根本さんは「経営していけるだろうか」と不安で眠れないこともある。

 年明けの時点で、戻ってきた7割が60歳以上、20歳未満は5人だけ。復興の中心となる30、40代の子育て世代は少ない。避難先で新しい仕事を見つけたり、子どもが学校になじんだりして、故郷に帰ることに二の足を踏む人が多い。放射線量は解除の目安を下回ったとはいえ、子どもへの放射線の影響を不安に思う人もいる。

 町では、病院が一つ増えて2カ所になり、来春には小中学校も再開するなど、インフラ整備は徐々に進みつつある。それでも、帰還した人たちは不安と不便を感じながらの生活が続く。

 町が来春までの目標に掲げる帰還率は50%。町幹部は「長い避難が続いた分、帰ってくるには時間がかかる。意向調査で住民の半分が『戻りたい』と言っているのは希望。どうしても目指したい」と話す。(長橋亮文)

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