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 2万を超える命を奪った東日本大震災から5年。残された人たちは大切な人のおもかげを追いながら日々を過ごしてきた。11日、抱いてきた思いを亡き人に伝えた。

 宮城県石巻市の西城江津子さん(41)は夫靖之(やすし)さん(47)や3人の子どもたちと、区画整理事業で土盛りされた市内の丘のふもとを訪れた。次女春音(はるね)ちゃん(当時6)が、最後にいた場所だ。

 《命日はここに来ないと気がすまないの。天国で楽しく過ごしていてね》

 2011年3月11日。大きな揺れに襲われて約40分後、丘の中腹にある日和(ひより)幼稚園に駆けつけた。送迎バスは春音ちゃんたちを乗せて、海の方向に出た後だった。

 園には、津波でずぶぬれになったバスの運転手が1人で戻ってきた。「どうして!」。運転手と一緒に海の方に向かった。遠くから「助けてー」と女性の叫び声が聞こえた。街が海にのまれ、西から東へ流れていくのが見えた。

 3日後、津波とともに起きた火災で焼けたがれきの中から、黒焦げのバスが見つかった。大人の歯に半分生え替わった上の前歯と、隣の歯の抜けた跡でかろうじて我が子とわかった。しゃがみこみ、泣き叫んだ。

 《120センチあった体が小さくなって。抱きしめたかったけど、壊れてしまいそうでできなかったよ》

 自宅は幸い、床上浸水ですんだ。だが、1歳半年上の長女は、いつも春音ちゃんと一緒に遊んでいた人形を手にしなくなった。4歳下の長男は「はるちゃんは?」と思い出したように聞いてきた。