写真・図版

  • 写真・図版
[PR]

 東京電力福島第一原発ではいま、毎日約6千人の作業員が被曝(ひばく)のリスクを負いながら働いている。その大半は、東電の「協力企業」。同社から直接発注を受けた「元請け」を頂点に、下請け、孫請けに回る業者で働く労働者たちだ。その実態を探った。

 ■過酷な環境 6000人大半下請け

 午前5時過ぎ。今月6日まで東電の福島復興本社があった「Jヴィレッジ」(福島県楢葉町、広野町)では、バスが次々と発ち、20キロ離れた第一原発へ労働者を運ぶ。福島県いわき市の男性(36)もその一人。いまは東電の4次下請けで働く。起床は3時半。4時に会社の迎えの車に乗り、Jヴィレッジへ向かう。靴下、手袋は二重にしてカイロも詰める。防護服の下に服を5枚着込んでも、潮風がなお寒い。

 仕事は、汚染水を流す配管を敷く作業だ。敷地は鉄板が敷かれ、事故直後よりはきれいにみえる。だが、原子炉建屋を見れば外壁のコンクリートが吹き飛び、中の鉄筋がむき出しになったまま。「建屋に近づくほど、線量も食う」

 身につける個人用線量計は、0・16ミリシーベルト被曝するごとに、警報が鳴る。1日3回鳴れば、その日の仕事は途中でも終える決まりだ。

 夏はなお厳しい。全面マスクに、全身を覆う防護服。暑さ対策に氷を服の中に詰めても、30分すれば溶けてしまう。ある夏、作業を終えた中年男性が休憩室の地べたに倒れていた。ドクターヘリで運ばれたが、熱中症で亡くなった、と聞いた。

 5年前の「あの日」は、第一原発の1号機建屋の中にいた。働き始めて1年が経ったころだった。

 明かりが消え、「ガシャーン」と、何かが停止した音がした。外へ走ると、地面はコンクリートが割れ、ガラスが散乱。「企業棟」と呼ばれていた敷地内の建物へ避難した。

 安否確認をして、夕方に解散。津波は見えなかった。午後8時に帰宅すると、ストレスと緊張からか、熱とじんましんが出た。自分がいた建屋は翌日、水素爆発した。

 数日後、家族と名古屋の親類宅へ避難した。だが5月ごろ、勤め先の社長が電話で告げた。「1F(福島第一原発)へ行ってくれ」。当時、娘は1歳になったばかり。生活するには1Fしかない。そう言い聞かせ、一人福島に戻った。日給は1万1千円だった。

 ■低線量と聞かされて

 長野県の男性(44)は2012年6月、第一原発で働いた。それまでは地元の車販売会社員。「汚染が広がるのを食い止める手伝いをしたい」と思い、インターネットで「1F」の仕事を探して応募した。

 業者から連絡があった。「作業員の放射線量を検査する仕事がある。放射線を浴びる量は少なくて済む」。いわき市へ向かい、4次下請けという業者と1年間の雇用契約を結んだ。

 数日後、1次下請けの会社が開いた説明会へ行った。その社員がこう告げた。「ご存じの通り、線量が少し高いです」「汚染水が集まる攪拌機(かくはんき)の交換作業です。高線量なので、5~10分しかいられません」。内部被曝の危険が高く、空気ボンベを背負い、それで呼吸するという。

 説明によると、攪拌機そのものは触らず、別の熟練者が作業する。自分たちの仕事は、その人たちが少しでも被曝を減らして長くいられるよう、地面にゴムマットを敷く「時間稼ぎ」だった。

 説明会後、4次下請けの社長に「こんなに被曝して1年間も働けるわけがない。聞いた話と違う」と抗議した。社長は「1日で1ミリシーベルト浴びても、1週間で半分になる。ここで仕事をやめたら信用に関わるから」とごまかした。

 結局、高線量の作業は直前で取りやめになった。現場で放射能漏れ事故があった、と人づてに聞いた。

 作業は、構内のガラス撤去に変更された。その初日。休憩の合間、1次下請けの社員に質問した。中年の男性だった。「1日に何ミリも浴びる仕事に、あなたは自分の子どもを行かせますか」と聞くと、「法律的には問題ないけど、オレだったら行かせない」。

 その日の帰り、4次下請けの社長に「3次下請けの事務所に寄ってくれ」と電話で告げられた。行くと、見たこともない業者が現れ、「現場であんなこと言われては困る。今日限りで帰ってくれ」と言った。押し問答が続いたが、3日後、長野県へ帰ることになった。男性の銀行口座には、数日分の手当から宿代を引いた2万4千円が振り込まれた。「線量検査」のはずの仕事がどこで「攪拌機交換」にすり替わったのか、今もわからない。(疋田多揚)

 

                ◇

 震災から5年。労働者たちが「1F」と呼ぶ東京電力福島第一原発では、誰が、どんな環境で働いているのか。3回にわたって伝えます。

 

<訂正して、おわびします>

 ▼11日付働く面の「原発作業員と3・11(上)」の記事で、「建屋は翌日、水蒸気爆発した」とあるのは「建屋は翌日、水素爆発した」の誤りでした。点検が不十分でした。

 

<アピタル:東日本大震災・震災5年へ>

http://www.asahi.com/apital/special/special/shinsai/