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■岩手県代表の山本永都さんの追悼のことば

 5年前の今日、高校生だった私は、いつものように玄関先で祖父に見送られ、通学のため父に駅まで送ってもらいました。家族の優しさに包まれていたあの日の朝、「行ってきます」のあいさつが、2人と交わした最期の言葉でした。

 避難途中だった祖父は、数日後遺体で見つかりました。遺体安置所で変わり果てた姿に母と泣き崩れ、祖父を守れなかったことを悔やむ日々が続きました。

 大好きだった父はいまだに家族の元に帰らぬままです。震災直後は、なぜ危険な状況にもかかわらず、父は防潮堤の水門を閉めに行かなければならなかったのか、と母を問い詰めてしまうこともありました。今では、あの日消防団員として住民の命を守ろうとした父を、とても誇りに思い尊敬しています。

 私は今、関東で大学生として生活をしています。

 入学後は、震災のことや不明の父のことが気になり、新しい生活にもなじめず、何度も大学をやめようかと思い悩みました。1年の休学を経て、悲しみやつらさを抱えながらも夢をあきらめず、ゆっくりでもいいから前に進む勇気を持つことの大切さを知りました。

 家族や友人、そしてたくさんの方からの励ましの言葉を胸に、私は再び、看護という学業に専念しています。大震災で受けた世界中からのたくさんの温かい支援にいつか恩返しができるよう日々精進しながら、毎日を大切に、父や祖父の分まで精いっぱい生きていこうと思っています。大震災で失うものもつらいこともたくさんありましたが、この5年は私を随分と成長させてくれました。住民の命を守った父の背中を胸に、いつか私も人の役に立てる人となり、努力を惜しまず前を向いて進んでいくことが、亡き父への親孝行だと思えるようになりました。

 最後に、東日本大震災で犠牲になられた方々のご冥福をお祈りし、追悼の言葉と致します。