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■宮城県代表の木村正清さんの追悼のことば

 人口の8・26%に当たる827名もの尊い命が奪われ、郷里女川が壊滅的な被害を受けてから、はや5年を経過しようとしています。

 お父さん、あの日、何度も電話しましたが、出てくれませんでしたね。

 「逃げ遅れてしまったのか、いや、そんなはずはない」と自答しては、2日前の地震でも、「津波が来たら、体一つで逃げるから大丈夫」、力強く言ってくれたその言葉を信じていました。

 一方で、町立病院に入院していた母の退院が間近であることも伝えてくれましたね。実はこのとき、不安がよぎっていました、母が逃げ遅れてしまうのではないかと。

 図らずもその不安が現実のものとなりました。震災直後の実家の光景を今も忘れることができません。基礎を残し跡形もなくなった土の上に、生前の両親の姿を映し出すかのように、折り重なるようにして見つかった夫婦(めおと)茶碗。家内が見つけてくれたこの夫婦茶碗が唯一の形見になってしまいました。

 最後にお父さんの姿を見た方が、「お父さん、お母さんの名前を大きな声で呼びながら家に入っていったよ」と証言してくれました。お母さんに対する計り知れない愛の深さと勇気を知り、私は改めてあなたの偉大さを痛感しています。

 「お父さん、自分の命も顧みずにお母さんを助けに行ってくれてありがとう」

 私は今、地域防災リーダーの養成や防災分野の調査・研究に携わっています。

 お父さん・お母さんの死を決して無駄にすることなく、これからも防災分野で、微力ながら地域防災に貢献できるよう全力を尽くしますので、天から見守っていてください。

 最後に、東日本大震災に際し、被災地を支援して下さった全世界の方々に衷心より御礼を申し上げます。

 亡くなられた多くの御霊の安らかならんことを祈念すると共に、ご遺族の心の復興が一日も早くならんことを祈念し、追悼の言葉とさせていただきます。