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■福島県代表の佐久間国幸さんの追悼のことば

 私のふるさと大熊町は、春には三ツ森山に桜が咲き誇り、夏は日隠山への登山で汗を流し、秋には坂下ダムで紅葉狩りを楽しみ、冬は熊川に白鳥が飛来する、四季折々の豊かな自然に囲まれた、人々のほがらかさがあふれる穏やかな町でした。

 ところが、5年前に発生した東日本大震災に伴う原子力発電所の事故により、私たちはふるさとからの避難を余儀なくされ、家族が離ればなれの生活を送ることになりました。

 私の父は、長期にわたる避難生活の末に、ふるさとから遠く離れた雪国でその生涯を閉じました。

 避難生活の中ずっと、「大熊の自宅に帰るまでは死ねない」と言っていただけに、雪の降りしきる会津の仮設住宅で最後を迎えたことは、さぞ無念であったろうと思います。

 そして、残された私たちは、生まれ故郷を離れ、家族がバラバラの生活が長くなるにつれ、ふるさとにはいつ帰れるのだろうか、再び家族が一緒に生活できる日は来るのだろうかと、言いしれぬ不安におそわれます。

 しかし、私たち遺族にできることは何かと改めて考えた時、再びこのような悲しいことが起こらないように、そして、この大震災を風化させないために、私たちの経験を、これから先も、子々孫々、そして世界中に伝えていくことが重要なのではないかと思います。

 最後に、被災地には、放射能の問題など、まだまだ乗り越えなければならない多くの問題がありますが、みんなで力を出し合って復興を進めていくことを、大震災の犠牲となられた御霊に改めてお誓い申し上げ、遺族代表のことばといたします。