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 東日本大震災後の「いま」をインスタグラムの写真とメッセージで募集した朝日新聞デジタルの企画「#震災わたしはいま」。震災の年に仙台高専に進学した宮城県石巻市の佐藤奈々絵さん(20)は、この春の卒業までに撮りためた、地元石巻や学校生活の様子を投稿した。

 中学3年生だった5年前の3月11日。卒業式を翌日に控えて、自宅で1人、もらったばかりの卒業アルバムを眺めていた。突然、経験したことのない激しい揺れ。気がつくと、自宅はめちゃくちゃになっていた。

 両親は仕事、妹は小学校、祖母も外出していた。ちょうど下校途中だった友人をみつけ、一緒に高台の石巻中に避難した。

 「20メートルの津波」。友人の携帯電話のワンセグで見たニュースに、「やばい」と思った。その夜、覚えているのは、火災で真っ赤に染まった空、爆発音、体育館に響く泣き声。怖くて心細くて、母親が迎えに来てくれるまで声をあげて泣いた。

 「勉強しろ」と口うるさい親元から離れたくて、中学卒業後は高専の寮で生活すると決めていた。それが一転、5月に学校が始まってからも「家族と離れたら、もう二度と会えなくなっちゃうんじゃないか」と、不安でたまらなかった。週末のたびに自宅に戻り、携帯電話で自宅の周りを写真に撮っては、平日に見返して寂しさを紛らわせた。

 支えてくれたのは学校の友人たちだった。親元を離れ、みな心細かった。テレビで震災報道を見るのが嫌で、夜、勉強が終わると、寮の部屋に集まってたわいもない話で盛り上がった。

 2年前、たこ焼き屋でアルバイトをしてためたお金で一眼レフのカメラを買った。授業後の教室、夏の花火、砂浜ではしゃぐ姿……。親友5人組でとる集合写真は、セルフタイマーにして、できるだけ気づかれないようにシャッターを押す。見返すたびに楽しかった瞬間に戻れるのが、写真の魅力だと思う。「震災でいろんなものが一気に消えてしまった。だから、日々の一瞬一瞬を残しておきたい」

 この春、仙台高専の準学士課程を終え、専攻科に進学する。親友の4人も、進学したり就職したりそれぞれの一歩を踏み出す。「#震災わたしはいま」に寄せた投稿のひとつ、友人の後ろ姿を写した写真には、大好きな言葉を添えた。

 「明日も当たり前が続いていきますように」