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 全国に伝わるカッパ伝説。三重県熊野市飛鳥町にも、300年以上にわたってカッパとの「約束」を守ってキュウリの栽培を禁じた集落がある。農業収入を得るため、栽培を解禁して35年が経った。カッパ伝説はどうなったのか。集落を訪ねた。

 市中心から車で約30分走ると、大又川沿いに平(だいら)集落の田んぼが広がる。住民に道を聞きながら河原にたどりつく。「カッパ之碑」はひっそりとたっていた。

 碑の横の説明によると、「三百年の伝統を重ねたキュウリ作らずの禁を解き、祈願の経本の代りとして此の碑を建てる」(原文ママ)。1983年3月にたてられたようだ。「碑の前は深いふちで、カッパがいたということだよ」。近所の人が教えてくれた。

 「あの時、集落は大騒動だった」。住民の桑原清志さん(68)は振り返る。

 当時の新聞や「熊野の文学と伝承」(みえ熊野学研究会編)によると、発端は80年秋、市農協から持ちかけられた採種用のキュウリ栽培の話だ。住民同士の話し合いが何度ももたれた。

 「集落の長老はキュウリを作ったらバチが当たるって、うるそうてね」と桑原さん。「おはらいをちゃんとするから」と説得に当たった1人が桑原さんの祖父だった。

 市史などによると昔、集落には…

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