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■連載「災後考」:6

 「絆」「頑張ろう日本」「負けるな」。東日本大震災の直後から、復興に向けて国民の一体化を促すようなスローガンが多く生まれた。だが過酷な体験をした被災者には、外側から繰り返される掛け声に違和感を抱いた人も少なくない。震災から5年。記憶の風化や被災地内の格差が広がり、いま被災地から見る言葉の姿は――。

■被災者間にも格差・個人差

 津波で大きな被害を受けた宮城県名取市閖上(ゆりあげ)。自宅が流された工藤博康さん(50)は、震災から3カ月後に学習支援塾を再開した。塾名は「寺子屋閖上」。今は民間の借り上げ住宅に身を寄せながら、仮設住宅に住む子どもに無料で教えている。

 閖上地区はかさ上げ工事が進み、港の朝市も開かれるようになった。「復興」という言葉を背負い、街は再起の道を歩んでいるようにも見える。だが、工藤さんは首をかしげる。「復興、復興と、何だか16ビートで追い立てられ続けているというか……」。この5年、元の家があった場所に足を運ぶたび、「復興」によって景色が変わっていった。建物がなくなり、昔住んでいた街の姿も思い出せなくなっている。

 「記憶も流されていき、いまも『失い続けている』という感じです。復興という言葉に励まされる人もいるし、心情に合うかどうか、それぞれにあっていいと思うんですよね」

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 「どうしても東京発の『復興』…

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