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 抜き打ち調査の最大の目的はもちろん、入居者に対する虐待や身体拘束を防止することにある。ただ、Uビジョン研究所の本間郁子さんが強調しているのは、夜勤中のよいケアをきちんと評価することの大切さだ。

 抜き打ち調査に同行取材していると、こんな場面があった。午前1時をまわった深夜のフロアに「おねがーい」「おねがーい」という入居者の細い声が何度も響いていた。まわりを見回しても夜勤職員が見あたらない。部屋をのぞくと、女性の入居者がベッドに横たわり「トイレに連れていってください」「はやく、はやく」とつぶやいていた。

 ベッドの手の届く位置にコールボタンはあった。しかし、女性はそのボタンを押すことはせず、か細い声で叫び続けている。しばらくすると仮眠中だったという男性の職員が「遅くなってすみませんでした」と駆けつけてきて、介助した。「起こして悪かったですね」「ありがとう」と何度も言う女性。「また何かあったらすぐ呼んでください」と答える職員。介助の一部始終を見つめていた本間さんは、その職員に「とても丁寧に対応していますね」とねぎらいの言葉をかけた。

 龍生園の入居者の平均年齢は90歳近く、平均要介護度も4を超す。コールを押すことも難しい入居者も多く、病気や終末期の入居者もいる。夜勤の職員は気を抜くことができず、仮眠すらとれないこともある。

 こうしたなかで入居者の思いを尊重するケアをするのは本来、大変な仕事だが、深夜には誰の目もない。どんなによいケアをしても、施設管理職はもちろん、同僚の夜勤職員にすら、それはわからない。

 本間さんは、龍生園や他の施設で抜き打ち調査をしているなかで、心を動かされる深夜のケアの場面に何度か出会ってきたという。ベッドに立ち上がり「帰る!」と夜通し叫ぶ入居者、その部屋の前でじっと座って見守っていた職員。夜中に容体が急変した入居者に、家族と一緒に写っている写真をみせ、「もうすぐ○×さんが来るからね」と声をかけ続けた職員。失禁して床一面をぬらしてしまった入居者に、まず「寒くないですか?」と相手を気遣う言葉をかけた職員……。

 こうした深夜のケアは、誰の目にもふれず、語り継がれることもなく消えていく。本間さんは少しでも記録に残そうと、Uビジョン研究所のウェブサイトに、これらのよいケアの記録をアップしていくことを検討している。

 もちろん現場の職員はほめられたくてよい介護をしているわけではないだろう。ただ介護の質を高めるためには、虐待の現実や過酷な労働環境から目をそむけないことと同じぐらい、こうした誰の目にも触れないよいケアの実践を語り継ぐことも、重要だと思う。(編集委員・清川卓史)