24日、サッカー界の巨星、ヨハン・クライフ氏が68歳で逝った。選手、指導者として時代を先取りした革命家だった。

 その名前を挙げれば、W杯を語れるスーパースターの一人だ。ペレの1970年、マラドーナの86年……。74年西ドイツ大会を思い起こすとき、優勝した西ドイツのベッケンバウアー以上に象徴的な存在だった。

 際立つのは、現役時代からチームを動かすカリスマ性を持っていたことだ。準優勝にもかかわらず、主将を務めた74年のオランダは世界に衝撃を与えた。

 相手を3人、4人で囲い込んで奪うボール狩りは、プレッシングとして今では当たり前の戦術になっている。当時はDFは守る人、FWは攻める人という固定観念が強かったが、トータルフットボールと呼ばれた流動的なスタイルはそんな概念を打ち破った。クライフ氏は、ピッチ上の監督として不可欠なリーダーだった。

 アヤックス、バルセロナで選手、監督として追い求めたのが「美しさ」だった。ゲームの質や内容よりも結果を追う風潮を批判し続け、1―0のつまらない勝利を忌み嫌った。

 98年W杯フランス大会直前、…

有料会員に登録すると全ての記事が読み放題です。

初月無料につき月初のお申し込みがお得

980円で月300本まで読めるシンプルコースはこちら