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■広島・お好みソース

 つややかに光った赤褐色の果実がベルトコンベヤーに載せられて流れていく。

 お好みソース生産量が日本一のオタフクソース(広島市西区)の本社工場。3センチほどの果実は中東で広く栽培されるデーツ(ナツメヤシ)だ。鉄分などのミネラル、食物繊維が多く含まれ、砂漠の民の栄養源となってきた。オタフクソース特有の甘みは、中東から輸入されるこのデーツによって生み出される。

 乾燥デーツの塊を社員が手でほぐし、洗浄機で異物を除いて大きな釜で約40分ゆでる。工場内は熟れた果実の甘い香りで満たされる。機械でこして皮と種を除くとデーツのピューレに。

 社員でも口にした人は少ないというできたてピューレを味わわせてもらった。クセのない甘さが口いっぱいに広がったと思うと、スーッと消えていった。上質な餡(あん)のようだ。

 「水で煮ただけ。極上でしょう」と本社工場の広畠陽一郎さん(41)。ピューレは野菜や果物と混ぜられてソースになる。

 1922年創業のオタフクは当初、主に酢を造っていた。原爆で焼け野原となった戦後の広島でお好み焼きの屋台が広がり、52年からお好みソースを生産。その30年あまり後、県外進出を本格化した。だが、お好み焼きが根づく関西で、簡単には受け入れられなかった。

■果物・野菜…ダシも加え 関西人好みに

 広島湾に近い食品工業団地にあるオタフクソース本社工場(広島市西区)。ここで作られるお好みソースは、低塩・低酸で保存料も使わない分、発酵が進みやすい。

 「爆弾ソース」

 かつて、ソースはビン詰めが主流だった。発酵が進むと炭酸ガスが発生、ビンの栓が飛んだり破裂したりしたことも。そんなこともあり、販売先は会社が対応しやすい県内にほぼ限定していた。

 同社では作り方を工夫する一方、1982年に気密性が高く発酵を抑えられる樹脂製ボトルを共同開発。ビンから順次切り替え、翌年から東京や関西へ本格的に進出した。

     ◇

 元々、関西には慣れ親しんだソースがあった。その壁もあり、最初は関西の市場に食い込むのに苦心した。

 「とにかく食べてもらおう」と…

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