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 ハンセン病患者とされた男性が殺人罪などに問われ、死刑となった。隔離された「特別法廷」での審理が正しく行われたのか。死刑執行から50年以上たった今も、真相究明を求める声がやまない。熊本県で1950年代に起きた「菊池事件」。最高裁が検証を進めている特別法廷で唯一の死刑事件で、再審弁護団は改めて冤罪(えんざい)を主張し、再審を求めていく方針だ。

 菊池事件では、1952年に村役場職員が刺殺された殺人事件で罪に問われた男性被告が無実を訴え続けたが、死刑となった。一、二審の公判は、感染の恐れなどを理由に裁判所ではなく、特別法廷として国立療養所菊池恵楓園と菊池医療刑務支所内で開かれた。特に一審は4回の公判で結審し、国選弁護人が全証拠の提出に同意するなど弁護も不十分だったとされる。

 上告審で弁護団は「ハンセン病への偏見から誤った事実認定がされた」と冤罪(えんざい)を主張し、弁論では「傍聴人もごく限られた少数で、特殊の形態の裁判が行われた」と特別法廷の問題点も指摘した。しかし、主張が認められることはなく、最高裁は上告を棄却した。

 国が設けた「ハンセン病問題に関する検証会議」は2005年公表の報告書で菊池事件の特別法廷を「いわば『非公開』の状態で進行した」と指摘。「憲法の要求を満たした裁判だったといえない」と総括した。

 だが、社会に差別や偏見が残る中、再審請求権を持つ男性の遺族は慎重だったという。このため、菊池事件再審弁護団は検察官による再審請求を求め、12年に熊本地検に要請書を提出。13年には特別法廷の正当性の検討を最高裁に要請した。これが契機となり、最高裁は14年、調査委員会を設けて検証を始めた。

 ハンセン病を理由とした特別法廷は1948~72年に95件。うち27件は2001年の熊本地裁判決が国の隔離政策を違憲と判断した1960年以降に最高裁が認めていた。最高裁は、こうした過去を総括する報告書を月内にも公表する。

 一方で、最高裁は「裁判官の独…

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