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 太平洋戦争末期に鹿児島県枕崎市沖の海底約350メートルに沈んだ戦艦「大和(やまと)」。建造の地・広島県呉市が10日、行政機関としては初めての潜水調査に乗り出す。1985年と99年の民間による調査はアナログ映像での撮影だったが、今回はデジタル。市側は「より精密な映像や写真が撮れる」とみている。

 大和が沈んでいるのは枕崎市沖約200キロの海域。呉市によると、無人潜水探査機のハイビジョンカメラで海底にある船体を撮影するほか、レーザー光線で大きさや厚みを計測し、船体の飛散状況も調べる。撮影は深田サルベージ建設(大阪市)に委託し、呉市職員と市海事歴史科学館(大和ミュージアム)の学芸員も調査船に乗り込む。

 調査期間は約2週間。10日に鹿児島の港を出て、11日の慰霊祭の後に調査を始める予定。約8千万円の費用のうち6400万円は国の交付金を充てる。撮影した映像は解析のうえ、呉市の大和ミュージアムで今秋までに公開予定。調査結果を踏まえ、展示資料もリニューアルするという。戸高一成館長は「どのように破壊されて、沈んでいったのか、不明な部分が残っている。新たな事実がわかるかもしれない」と期待している。今回の潜水調査では遺品や船体部品は引き揚げない。

 「戦後71年。戦争の記憶が薄れる中、調査を通じて平和の尊さを発信したい」とする呉市だが、元乗組員の思いは複雑なようだ。1941~43年に信号兵として大和に乗り込んだ広(ひろ)一志(かずし)さん(92)=呉市=は「あそこは仲間たちが眠る海の墓標。真実を知りたい思いもあるが、なるべくそっとしておいてほしい」と話している。(泉田洋平)

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 〈戦艦「大和」〉 広島県の呉海軍工廠(こうしょう)で建造され、1941年12月に完成。全長は263メートル、最大幅は38・9メートル。射程42キロの主砲9門を備え、当時は「世界最大の戦艦」と呼ばれた。ミッドウェー海戦やレイテ沖海戦に出撃。特攻作戦で沖縄に向かっていた45年4月7日、米軍の攻撃を受けて鹿児島沖の東シナ海に沈没した。乗員約3300人のうち生還者は276人。85年と99年に民間の潜水調査で撮影され、遺品が引き揚げられた。