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■2030 未来をつくろう

 紀元前から人間を苦しめてきたマラリアは、今も年間44万人の命を奪う。

 「雨期になると、いつもこの辺は水浸しだ」

 マラリア多発地帯として知られるビクトリア湖沿岸。ケニア西部の主要都市キスム郊外で暮らすダニエル・オチョラさん(68)は、土壁の質素な家のなかで飛び交う蚊を手で振り払いながらぼやいた。

 排水設備がないため、雨が降れば集落は水浸し。川岸に土を盛り上げただけの河川は洪水を繰り返し、家の中まで泥水が入り込む。

 最大の悩みは大量発生する蚊だ。マラリアは、寄生虫を蚊が媒介して広がる。高熱やだるさ、頭痛など風邪のような症状が出て、重い場合は死に至る。オチョラさんも10歳に満たない子ども4人を失った。

 「頭が痛いと訴えながら、死んでいく。でもどうすることもできないんだ」

 防虫剤を練り込んだ蚊帳や抗マラリア剤などが普及し、発生率や死亡率は大きく低下。それでも依然、年間2億人以上が感染する。

 感染はどこから起き、どう広がるか。「発信源」を特定し、そこで集中的に蚊を駆除すれば、効果は大きいはずだ。蚊が飛べる範囲を超えて人が行き来する流れが分かれば、感染の広がりを推し量る手がかりになる。WHOが昨年掲げた「マラリア患者の発生・死亡率を30年までに少なくとも90%減」の目標達成へ、研究者たちは、ケニアでも普及率が7割を超える携帯電話に注目している。

 「携帯で通話やメールをすると、発信地の基地局の記録が残ります。それをたどれば、人の動きをつぶさに観察できるのです」

 ハーバード大公衆衛生大学院の疫学者キャロライン・バッキー氏(37)は、そう言ってパソコン画面にケニアの地図を映し出した。ビクトリア湖周辺がマラリア感染の「発信源」であることを示す赤、首都ナイロビ周辺が「受信先」を示す青。南西部は一帯がまだらに染まっている。

 バッキー氏らは、ケニアの携帯契約者1500万人の1年分の通信記録をもとに人々の移動や滞在時間を割り出した。そこに地域ごとの感染状況のデータを重ね合わせることで、感染拡大の状況を解析。ビクトリア湖周辺からナイロビ方面へ人々が大量に移動し、感染を広げていると結論づけた。バッキー氏は「この研究は、ビッグデータが感染症対策に役立つことも明らかにしたのです」と語る。

 この手法を国レベルの感染症対策に組み入れるにはリアルタイムのデータが欠かせない。携帯会社の協力だけでなく、現場からの感染報告のデータ入手がかぎになる。

 共同研究する、携帯アプリ会社「ジャナ」のネイサン・イーグルCEO(39)は「ビッグデータは解釈が難しく、それだけでは十分でない。現場でしか分からないデータも、本質の理解には重要だ」と強調する。

 例として挙げるのは、同氏がルワンダで実施したコレラの調査だ。データ解析で、コレラ流行前に人々の移動が止まる傾向を見つけたが、洪水で道路が流されて移動できなくなっていたのが原因だった。

 保健システムが整わないアフリカでは、現場からのデータ収集も難しい。地方で感染症が発生した情報が政府に届かず対応が遅れるケースが目立つ。一昨年のエボラ出血熱でも、患者の発生を正確につかめなかったことが、早期の封じ込めに失敗した一因だった。

 この問題の解決を試みるのが、携帯のショートメッセージサービス(SMS)機能を生かした「mSOS」という通報システムだ。長崎大がケニアの学生とともに開発した。

 感染症が疑われる例があれば現場の医療スタッフが病名や年齢、生死などを入力。情報は国や自治体に送られて自動的に集積、患者の分布を地図に表示する。

 現在は死亡率が高いエボラなどが対象だが、長崎大熱帯医学研究所の戸田みつる研究員(32)は「マラリアなどにも使えるよう改良したい」と期待する。(キスム=三浦英之、ボストン=下司佳代子)

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