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 紛争や迫害で住む場所を追われた世界の難民や国内避難民は第2次世界大戦以降、最多を更新している。ボートで海を渡り、線路を歩く姿など海外の報道は増えたが、国内には難民が少なく、接する機会はあまりない。日本で暮らす難民申請者たちに、逃れてきた経緯やいまの思いを聞いた。20日は「世界難民の日」。

■生まれは難民キャンプ

 「好きで難民申請したわけではない。他に自分を守る選択肢がないからと分かってほしい」

 2011年11月に来日し、京都市で暮らすアフガニスタン出身のイーダック・モハマッド・レザさん(34)はこう話す。

 アフガニスタンの少数民族ハザラ人だ。ヘラートという都市で、孤児のために活動している日本のNGO「ラーラ会」の職員として働いていた。すると反政府武装勢力タリバーン派から「キリスト教に改宗した」という根拠のない理由で死刑宣告を受け、自宅を襲撃されるなど迫害を受けるようになったという。身の危険を感じ、NGOの助けで日本に来た。

 難民認定を申請したが、アフガン政府がタリバーン派を取り締まっているなどとして認められなかった。昨年1月、不認定処分の取り消しを求め、提訴した。

 政情不安に翻弄(ほんろう)され続けている人生だ。旧ソ連のアフガン侵攻で紛争が起こり、生まれたのはイランの難民キャンプ。10歳ごろ送還され国に戻った。約20年で再び国を離れることに。

 NGOの支援のもと同志社大学に入学。4年生で公共政策などを学ぶ。現在の在留資格は来年6月までの留学ビザだ。レザさんは、専門性を身につける方が就職しやすいと考え大学院に進学を希望している。「難民と認めてもらえるかは日本の国次第。今は危険で帰国できない。日本で暮らせる在留資格が欲しい」

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